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Green (@ribbon_bear) が毎週好きな音楽ネタを語ります! Since 2011

スティーブ・ヴァイ 長年の右腕、デイヴ・ウェイナーのバンド卒業

ヴァイ・バンドで23年に渡り、ギターを担当してきたデイヴ・ウェイナーがバンドを去ることが発表されました。

『Live at the Astoria』ではまだ20歳少々だった若きデイヴ(この頃のデイヴはツアー・スタッフでもありました。先生のクリーニングを取りに行ったりの雑用係)がこんなに長くヴァイ・バンドで先生を支え続けてくれたことに感謝しつつ、今後の活躍を祈ります。

SNSに投稿されたビデオでは、デイヴの後任となるミュージシャンが発表されました。今年の欧州ツアーからスタッフとして参加している、ダンテ・フェルシエロです。若い彼は、弁護士を辞めて夢だったギターの道に飛び込んだミュージシャンで、デイヴの運営しているギターコミュニティでギター講師をしていた人物のようです。

デイヴの卒業を公表したビデオの会話をまとめました。

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SV:やあ、皆。スティーブ・ヴァイだ。

DW:デイヴだ。

SV:皆に発表がある。

DW:僕がここでプレイして23年になる。生きる伝説、スティーブとプレイできたことは光栄で身に余る幸運だった。僕の感謝は計り知れない。

けれど、これも人生というもので、23年間共にプレイしてきた後に、自分の新たな冒険の道を選択することになった。

これを一緒にビデオで公表しているのは、インターネットの時代だから、色々な憶測が飛び交わないよう、事実を伝えるためだ。

SV:デイヴは素晴らしい戦力だったよ。完全に熟練したミュージシャンであり、この恵まれた23年間を計り知ることはできない。素晴らしく楽しいときを過ごしたし、様々なことを経験した。大量の音符をプレイし、多くのショウでプレイした。

彼の決断を全く理解している。誰かが自らの道が分岐して進むときだと感じたとき、私はそれを尊重する。創造性と才能に富み、自らの音楽を続けるのだから。

DW:ああ、音楽やギターを止める訳じゃない。ただ人生でそういう地点にきたというだけだ。

SV:しかも彼は思慮深いことに、自分の後任もみつけていた。来なさい!

DW:ダンテ!イタリア人のいい奴だ。経緯は省略して要点を言うと、ダンテは堅実なプレイヤーであり、性格も堅実だ。それ以上に、彼はこのヴァイ・キャンプに適任だと思う。

SV:ダンテは欧州ツアーから参加している。スタッフの仕事をしつつ、時にはステージに立ってプレイもしている。彼のプレイを注意深く聴いてみて、彼はこの素晴らしい仕事をこなせる熟練したプレイヤーだと思った。それに彼はキーボードも弾いているね。彼は楽しい人柄で、デイヴ同様に美しいエネルギーに溢れ、前向きで面白い。

これは保証できる、私と彼がステージで共にプレイするところは見るだろうが、私が裸でシャワーを浴びてるところを見ることはないよ。

一同:(笑)

(訳者注:内輪ネタのようですが、良く分かりませんw ダンテがシャワーしてるところに誰かが居合わせた笑いネタがあるのでしょうか?)

SV:ダンテ、あれを見せてやってくれ!

DF:(腕の力こぶを見せる)

一同:(笑)

DW:来年は彼らがツアーに出て、世界中でプレイするよ。

SV:親愛なるデイヴ、君の不在はとても悲しいよ。君はいつでも大歓迎だからね、覚えておいてくれ。君が思うよりもずっと愛している。

DW:ありがとう。愛という言葉は僕らの長年の関係を表すには断片に過ぎないけれど、素晴らしい年月だったよ。(オーディエンスの皆へ)来年は彼らのツアーを楽しみにしてくれ。またいつか会おう。

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デイヴ、長年お疲れ様でした!

先生の大規模ツアーが今回で最後ということなら、自ずとヴァイ・バンドの各自が自分の道をみつけて進まなくてはなりませんから、デイヴの決断は少し早めだっただけかも。日本でデイヴのプレイを観たのは2014年、ビルボード・ライブでのショウが最後でしたね。

下の写真は2016年のMORC。私がデイヴを観たのはこれが最後になりました。

 

スティーブ・ヴァイ+Polyphia 「僕らのギターヒーローへ、愛を込めて」

2022年12月号の Guitar World 誌で特集されたヴァイ先生とPolyphia メンバーの対談記事が遂にWEB公開されました。今週は前回紹介したの抜粋記事には含まれなかった部分を中心に和訳してみました。

www.guitarworld.com

staytogether.hateblo.jp

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"Ego Death" への参加について

Tim Henson:スティーブが俺たちの曲に参加すると言ってくれて、ぶっ飛びそうだったよ。だって、「夢の実現リスト」の1つにチェックマークを付けられるんだ。

Scott LePage:そして実現して、彼からトラックを受け取った。「ああ、本当にスティーブ・ヴァイが俺らの曲で弾いてる!」って感激した。聴きながら思うのさ、これ以上にクールなことってあるか?って。

Steve Vai:彼らは私が参加したことを光栄だと言ってくれる、とても嬉しい。でも実のところ、私も光栄だ。両者互いにそう思っている。

TH:俺らのこと熱心なオタクファンって言われても構わない。(笑)

SL:僕も同じく。

ヴァイを知った経緯

TH:10歳でギターを始めた頃、親父が映画『Crossroads』を見せてくれた。ちょうど『School of Rock』を見た後で、あの映画ではザックって子供がギターの速弾きをしてて、クソカッコイイと思った。そうしたら親父が「この映画が好きなら、こっちを見ろ」と勧めたんだ。

それで『Crossroads』を見たら、『ベスト・キッド』の俳優がギターを弾いてて、悪魔のギタリストでスティーブ・ヴァイが出てた。ぶっ飛んだよ。そこから俺は沼にハマった。ティーブの "Tender Surrender" のビデオは今でも観てる。俺は正にオタクファンなんだ。

SL:僕の父はティーンでギターを始めた。父はレコードとTAB譜を買って、繰り返し聴きながら、時にレコードの速度を落として曲を覚えたという。スティーブ・ヴァイランディ・ローズのレコードでやったそうだ。だから、僕がギターを始めたとき、それらを聴いて練習した。

初対面

TH:(2020年のNAMMで共演する機会を得たとき)NAMMのとき、何かに打たれたんだ。皆がスティーブを話題にするとき、素晴らしい話ばかりなんだ。それでこう思った、「俺は今みたいなクソな振る舞いは止めないと。俺も人にああいう風に話題にされたい」

SV:(熱心なファンの反応について)彼らは近づいてきて固まってしまうんだ。なぜこんな変わった態度を?と思うけれど、気付くんだよ、自分のしていることが彼らにとって何か意味があるのだとね。彼らの人生で重要なものなんだ。

私はただ普通の自分自身でいるだけさ。外面で人々がどう思おうとも、私はただ普通の家族持ちの男だからね。

君ら(ティムとスコット)の番はやがて来るだろう。君らはギターで全く新たな表現を発達させていて、そういったものを求めている人々はいる。私はこの歳までにいくつかの革新が起き、過ぎるのを見てきた。今こそ新たな進化の頃合いだろう。

ギタープレイ面でのヴァイの影響

TH:さっき言ったように、"Tender Surrender" ビデオは一番のお気に入りだ。何度も見て、サーキュラー・ヴィブラートを真似してみた。彼の顔の表情までもね。俺のビデオでは、完璧ストイックだけど、ステージで古い曲のソロを弾くときは、それが現れるよ。スティーブから学んだものだ。

SL:誰かがギターでクールなプレイをしていると、インスタでもビデオでも、「どうやってあのサウンドを?」となる。スティーブについて言うと、彼のプレイから学んだ最大のことはハーモニクスとアームの使い方だ。1フレット内で彼は音程を外さずプレイできる。どんな方向にもベンドして正確な音を出せる。多くの人が(アームで)「ウー!」とやるのとは違う、ティーブは音楽的に使える。作曲家としての発想だ。

SV:君らは嬉しいことを言うね。

Polyphia を初めて聴いたとき

SV:最初は彼らが何をしているのか全てはわからなかった。ビデオを観て、本物だとわかったよ。ティムと話して、彼がどうやってこれらのテクニックと感性を発達させたのかを聞いた。私の思った通りだったよ、創造的になるために、既存の枠にとらわれない考え方。真の進化のための唯一の方法だ。

上手く行きっこないという言い訳や恐れを捨てて、自分独自の欲求を追求しなくてはならない。他に私が言いたいことは、これら進化した音楽は素晴らしいが、メロディが無ければその魅力は限られるということだ。しかし彼らの曲については、優れたメロディがあり、とても引き込まれる。最初からそうだ。

既存の枠にとらわれない精神はスティーブから多く発せられました。あなたの影響です。

SV:人は皆、他人が奇妙な自分自身をさらけ出しているのに惹きつけられる。励まされるからさ。彼らが私にその幾らかを見出したのだろうが、私もまた彼らにそれを見た。互いに励まされるのさ。常にそういうものだよ、パフォーマーを観て影響されたり、刺激を受けたりせずにはいられないものだ。

あなたのスタイルの要素を真似したいと思うプレイヤーもいますが、あなたは彼ら自身であることを励ましています。

SV:ああそうだ。もし誰かが私のようになりたいと思ったなら、最良の方法は真の自分を知ることだ。なぜなら、君は私のようにプレイしたいとは思わないからだ、そこには本物がない。どうしてもそうしたいのなら構わないが、選択の余地がない人もいるのだ。彼らは創造しているとき、真の自分自身でなくてはならない。我々は皆、先人の築いた礎の上に立っている。私はその大量の色彩のほんの一部でしかないのだよ。

あなたは余り多くのゲスト曲参加はしませんね。何か基準はありますか?

SV:時と共に変化してきたが、近年の考えはこうだ。「私に残された時間を考えると、自分の音楽だけに専念しよう」なぜなら、それが私を一番満足させるからだ。しかし、何か興味深く特別で、自分が効果的に貢献できると感じるものがやってこれば話は別だ。

そして、誰かが私を何かでプレイさせたいと思うなら、私は指示を受けるのが得意でないと知る必要がある。「よし、これがヴァイで、何が起こるか予測不能だ」と思って欲しい。

Polyphia から誘われて、とても喜んだんだ。「何でもいい、プレイする」と思ったのさ。彼らはとても美しくユニークなことをやっている、私はその一部を何とか手にしたかったのだ。

ティムとスコットが初めてあなたの家に来てどれ程興奮したかを聞きました。でもあなたと写真を撮り忘れたとか。

SV:そうだ。彼らは「また行っていいですか?」と訊いてきた。(笑)実は私も同じことを思ったのさ、でも変に聞こえそうでやめていた。それで彼らのメッセージに「ああ、戻っておいで。それがいい」と言ったのさ。

TH:俺ら、彼にそんな厚かましいメッセージ送れるとは思わなかったよ。

(ヴァイ先生、スタジオに向かいギターを手に戻る。ボティがはんだに覆われた見事なギター)

SV:見事だろう?私が欧州ツアーに出ている間に彼らが家に届けてくれたものだ。暫くは気付かず、エンジニアのグレッグがケースを開けるまでそのままだった。「これは何だ?」と言って、献辞を読んだら、とても微笑ましかった。

キャビティ・プレートにはティムとスコットのサインがシルバー・マーカーで書かれ、その上には「僕らのギターヒーローへ、愛を込めて」と書かれている。(彼らは書くためにマーカーを店へ買いに行ったそうだ)

見事な外見のギターです、まるでエイリアンから届いたみたいです。

TH:俺の新しいナイロン弦ギターのプロトタイプなんだ。ボディ表面のカスタマイズは Nusi によるもので、彼はすげぇアーティストなんだ。ビヨンセがニューアルバムで着ている衣装をデザインした。

彼がキラキラに装飾したギターをポストしたから、彼に連絡を取ったんだ。「やあ、俺にアイデアがある。君がポップ・スターにやってることを俺らのギターにやってくれる?」ってね。彼がアイデアを気に入って、これを創ったんだ。超特別さ。

(恐らく、下部の動画で使われているこの↓ ギターがその1本と思われる)

ティーブとメールのやり取りをしていると、人生に珠玉のアドバイスをくれたから、彼にどうお礼をしていいのかわからなかった。何か贈りたかったけど、全てを持っている人に何を贈ったらいい?

俺らの曲に "40oz" って曲があって、モルト酒のことなんだ。セブン・イレブンに行って40オンスを買ってサインして送ったけど、後で部屋を見渡してそのギターが目に入った。「いやそれ(ギター)はクレイジーだ。スティーブは持ってる」って。

SV:それは特別だね。

SL:クレイジーなギフトだよ。

SV:ああ。このギターはハーモニー・ハット(自宅スタジオ)の壁にずっと掛けられる、そして私が目にする度に、つまり毎日、君ら素晴らしい若者との特別な関係を思い出すだろう。感動したよ、どうもありがとう。

TH:嬉しいよ。思い切り弾いてくれ。

SV:ベストを尽くすよ。終わりにこれを言わせてもらおう。君らについて実に感心したことがある。

君たちにはこのビジネスでとても長い間やっていけるモノがある。更に成長するのに必要な姿勢も持ち合わせている。ヴィジョンが大切だ。

君たちは「NO」なんて言葉を知らない。君たちは脳で音を聴きさえすれば、それを実際にプレイする方法を見つけられる。それはわかっているね。君たちが望む限りずっとプレイし続けることは疑いの余地がない。

TH:わぉ!言葉もないな、頑張るよ。

SL:好きな道だから、ずっとやり続けるよ。

 
 
 
 
 
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2人がヴァイ先生へお礼の品をと思って、セブン・イレブンでお酒を買うところは、「え、そこで?(驚)先生はお酒飲まないし」と焦りましたが、その後特別のギターを贈ったという話で、とても微笑ましい会話でした。

 

 

 

スティーブ・ヴァイ 蔵出しオークションとバイカー音楽アルバム『VAI/GASH』

蔵出しオークション

今年の前半から折に触れてヴァイ先生が話していたオークションが11月12日(現地時間)に行われます。

NYを拠点とする Julien's Auctions が行っている一連の「ロック・アイコン」のチャリティ・オークションの一環で、収益の一部はメンタルヘルスの認知活動を行っている団体に寄付されます。

このオークションへ出品のオファーを受けて、先生は倉庫をさらえて、かなり昔の物から近年までの様々なアイテムを掘り起こして出品しました。

出品されたアイテムはこちらのデジタル・カタログで見ることができます。

今回の出品の主要アイテムはヴァイ先生オークションのプレスリリースにあるように、次のようなもの。

・Experience Hendrix 2011ツアーで使用した特別ペイントJEM "Sofia"
フランク・ザッパ "Black Page" の先生手書き譜面
・JEMプロトタイプ/ JEMINI プロトタイプ
・スタジオ機材
・オリジナル『Flex-able』カバーアート
・ステージ衣装
・ソロアルバム制作時のスタジオノート

300ほどある出品は、かなりディープなアイテムばかり。ギターはさすがにヴァイ・フリークが熱望するような愛器は出品されていない様子ですが、機材その他も思い切って断捨離したようです。

そんな中で笑ってしまうようなアイテムも。

・運転免許試験に不合格した書類
・高校時代にアイスクリームの移動販売のバイトをした時の注文シート
・80年代の使用済みカレンダー
ジョー・サトリアーニから購入した人生初の本物のアンプ(Fender Bandmaster)の購入時書類(サッチのサイン入り)

先生の物持ちの良さは有名ですが、そんな書類まで!(笑)この件については8月に先生がSNSに投稿していました。

 
 
 
 
 
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「この写真は私が13か14歳の頃、高校のダンスパーティで撮られたものだ。人前でプレイした最初のショウだったよ!ギターは当時持っていた Unibox製のレスポールで、後ろの Fender Bandmaster アンプは私の最初の本物のアンプだ。キャビネットジョー・サトリアーニから買ったもので、奇遇なことに Julien's Auction への出品のために倉庫を探っていたら、このアンプのジョーの手書き領収書が出てきた!」

ヴァイ先生の出品したオークションは現地時間の11月12日午前10時から、ライブ・オークションとオンライン・オークションの並行で開催されます。

事前にオンラインで入札できるのですが、当日ガンガン値段が上がりそうで、全く落札できる気がしません。

そんなときには、今回のオークション・カタログが記念に良いかも。一冊$50で送料が$25だそうですが、立派なカラー印刷もの。

過去記事で先生が今回のオークションについて言及していた記事はこちら

staytogether.hateblo.jp

staytogether.hateblo.jp

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イカー音楽アルバム

ヴァイ先生が以前から時折話していた、30年程前に制作したバイカー音楽アルバムが遂にリリースされることになりました。

『VAI/GASH』は世界ではMascot Label から2023年1月27日、日本では Sony Music から1月25日に発売されます。

リリースに至る詳細情報はこちらのYG誌サイトが詳しいです。

youngguitar.jp

『SEX AND RELIGION』制作の頃にこんな音楽も作っていたとは、なかなかの衝撃。公開されたシングル "In The Wind" は70年代ぽいストレートなロックで、ヴァイ先生の別の面が垣間見れます。

 

蔵出し音源の時を経たリリースといえば、私はヴァイ先生とサッチの共通点を真っ先に思い浮かべました。

『VAI/GASH』とサッチが2019年にリリースした『Squares』共通点
・レコーディングから30年余り経ってからのリリース
・現在良く知られている両者の音楽性とは異なる
・シンガーは故人

今回のリリースに至るまで、両者それぞれに様々な想いがあったのだろうなぁと想像します。

サッチは以下の過去記事でアルバムのリリースの理由をこう語っていました。

「これは私たちの努力の結晶であり、アンディがどんなに優れたシンガーだったか、カリスマ性があったか、私たちが何をやろうとしていたかを人々に知ってもらいたいんだ」

きっとヴァイ先生も『VAI/GASH』をリリースする気持ちはサッチに近いものがあるのではないかな。

staytogether.hateblo.jp

『Surfing With The Alien』発売35周年を語る:Part 2 ペトルーシ, スコルニック, ティモンズ, ギルバート

発売35周年を迎えた、ジョー・サトリアーニのアルバム『Surfing With The Alien』を記念して、サッチのギタープレイに影響を受けた一流ギタリスト達が集った対談の続きです。

一部の参加者の発言をピックアップし、まとめてみました。

https://www.sweetwater.com/insync/joe-satriani-surfing-with-the-aliens-enduring-echo-35-years-on/

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予算について話すと、あのアルバムの予算は3万ドル程(約450万円)で、近年ではとても少ない予算だった。ジョーのギタートーンやアルバムのサウンドについてどう思う?

Alex Skolnick:とてもクリアで、ダイレクトに響く。その頃多くの場合、ギターサウンドは加工され過ぎて、生のサウンドを失っていたと思う。でもジョーが取り戻したと思った。クリーンで、70年代のサウンドとは違うけれど、そのダイレクトさ、クリアさは持ち合わせていた。そういうものが当時のギタートーンに欠けていたのさ。

このアルバムはDIYの美学で制作されたことも重要だ。ジョーとプロデューサー/エンジニアのジョン・カニベルチと他には2人のミュージシャンしか参加していない。ドラマーのジェフ・キャンピテリとパーカッション/プログラマーのボンゴ・ボブ・スミスだ。

AS:殆どがジョー独りで成しとげたことを思うと、奇跡的だ。彼の少人数のチームはバンドというより、プロダクション・チームだった。

G3ツアーや様々なイベントでジョーとステージでジャムした人は、ジョーの側に立って何を学んだ?

Andy Timmons:僕が最後にジョーと会ったのは、ニューヨークでスティーブ・ヴァイのギターキャンプのあった時(2019年8月)だ。ジョーは特別ゲストの1人で、1日だけやってきた。僕は彼のマスタークラスを聴講した。僕のお気に入りのアーティストたちと共に、彼らの講義もギタープレイも楽しんだよ。ジョーはとても明瞭で鋭い人だ。彼が音楽制作について話したり、音楽一般について話すことは何でも、まるで僕の兄の1人といるみたいだった。

John Petrucci:幸運にもジョーと実際に知り合って時間を過ごすことができると、彼がいかに魅力的で、寛大で素晴らしい人間かがわかる。

僕が参加した初のG3ツアーでは、面白いことにギタリスト3人共がイタリア系でロングアイランドの出身だった。サトリアーニ、ヴァイ、ペルルーシだ。

彼のライブでのプレイを観るのは最高だった。ジョーが毎晩この作品に息を吹き込む様は衝撃的だった。「いったい彼は何者なんだ?どうしてあんなことができる?」という感じ。クレイジーな曲を作ってそれをライブ演奏しなくちゃならない大変さは良く知ってるからね。

 

Paul Gilbert:僕も有難いことにG3や他のイベントでジョーと並ぶ機会があった。ジョーには教祖的なオーラがあるんだ。彼が何か言うときにはいつだって暫く反芻したくなる。彼の言葉には神秘的な重みがあるんだ。

アルバム『Surfing With The Alien』は君の好きなインストゥルメンタル・アルバムの中で何位に入るだろう?

JP:数枚のアルバムが思い浮かぶ。『Friday Night in San Francisco』もエンドレスに聴ける。それからヴァイが『Passion and Warfare』を出したときには、あれも傑作だと思った。

今、多くの人がLPレコードにノスタルジックになっているよね。人生のどの時期にそのアルバムに出会ったか、それがどれ程影響力があったか、なのだと思う。『Surfing』について語るなら、80年代の最良の時だ。

僕のキャリアは始まったところで、アルバムが発売されたのはバークリー卒業したてだった。だから、僕にとっては常にインストゥルメンタル・ギターアルバムのトップ3か、でなければトップ5だ。

『Surfing』はインストゥルメンタル・ギターアルバムとしてプラチナ・アルバムに、そしてチャートでのヒットを記録する希少な成功を収めました。アルバムが幅広い聴衆を集める理由はジョーのどこにあるのだろう?

PG:ジョーの音楽にある正統でストレートな伴奏部分だと思う。AC/DC 的だと言ってもいい。ドラムはとてもシンプルだ。シャレた演奏はいいけど、劇場では混ざってしまう。

ジョーは何が上手くいくか、良い感覚を持っているのだと思う。彼の作曲はより大きな会場、より多様な聴衆を対象として制作されている。

僕の偉大なギターヒーローたちの多くは、もちろん僕は大好きだけど、3曲聴いたら(飽きて)時計をチェックしてしまう。でもジョーなら、まる2時間のライブを楽しめるんだ。

AT:既に言ったように、メロディへのこだわり、曲が第一という信条ゆえだと思う。そして少しテクを入れて顔をほころばせるのさ。(笑)そしてもちろん、ジョーの理論的で上級なハーモニーの扱い。

"Satch Boogie" のブリッジ部とその単調な音符の上での多層コード的アイデア、あれは僕らがネオクラシカルやその他のプレイヤーからは聴いたことのない、カッコイイものだった。

AS:ジョー自身も音楽の幅広いリスナーだ。Mahavishnu Orchestra もトニー・ウィリアムスアラン・ホールズワースも聴いた。これらの音楽はとても聴き手を選ぶ。ジョーはこれら音楽に深く共感していたと思う。

でも同時に彼は ZZ Top もヘンドリックスも Van Halen も好きだ。それらの影響は彼の曲から聴くことができる。ミックスされているんだ。

彼は容易に内輪のギタープレイヤーになるかも知れなかった。でも彼はテクニックやトーンを妥協することはない。インストゥルメンタル音楽をやる者にとって、あのように広範なオーディエンスにアピールできるというのは、とてもユニークだ。

かつてカーク・ハメットはジョーのことをこう述べた。「全知、全視、全聴の瞳のギタープレイ」あなたはどう表現しますか?

AS:シリアスな技巧派だが、優れたユーモアのセンスがあって、栄誉に留まることなく、常に探求している。

PG:ジョーが時々使う、小さい筆と大きな筆の比喩を使うよ。作曲家のジョーは大きな筆を使う、とても素晴らしい。Beatles も同様にして大きな大きなメロディを書いた。音楽的には、ジョーはむしろクリアでダイレクトに伝える。彼は常に意図が明確で「大切なものだけを弾こう」と言っている。

AT:僕ら皆にとって重要な人物だ。数年前に彼は作品全てのボックスセットを出したから、僕は購入した。それから数週間、僕はジョー・サトリアーニ作品の全てを最初から最後まで聴いていた。本当に素晴らしかった。

「ああ、ここからあの発想を得たんだった」と聴いていて思い出したよ。ラインやリックには、自分でも着想を得たと自覚のなかったものがあった。自分が似たことをしていた記憶があったんだ。

そこが素晴らしいのさ。僕らが吸収した音楽により影響され、それらは耳の知として(僕はそれをオーラレクトと呼んでいる)内部に保存されるのさ。

JP:カークに賛成だ。ジョーは本当にギターのスーパーマンだ。彼は何でもできるし、彼の創造力には境界がない。ジョーは競争のレベルを高く引き上げただけでなく、僕らに1日6時間練習をさせ、この世のどこかに聴きたい人がいるのではと期待してクレイジーな作曲に向かわせたんだ。ジョーは後進の多くに扉を開いたんだ。

(対談おわり)



 

『Surfing With The Alien』発売35周年を語る Part 1:ペトルーシ, スコルニック, ティモンズ, ギルバート

1987年10月の発売から、ジョー・サトリアーニのアルバム『Surfing With The Alien』は35周年を迎えました。それを記念して、サッチのギタープレイに影響を受けた一流ギタリスト達が集った対談が行われ、記事が掲載されました。

https://www.sweetwater.com/insync/joe-satriani-surfing-with-the-aliens-enduring-echo-35-years-on/

長い対談でしたので、一部の参加者の発言をピックアップして以下まとめてみました。

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1987年を振り返ると、当時のインストゥルメンタル・ロックギターはどんな状況だったかい?

John Petrucci:僕は85年にバークリーを卒業した。そしてマイク・ポートノイとジョン・マイヤングと共に Dream Theater の前身となるものに向かったんだ。

80年代初め、中、そして終わりまでの音楽とギターの状況は信じられない位だったよ。僕が単に懐かしいのかわからないけど、好きな時代の音楽なんだ。インストゥルメンタル音楽、プログレッシブ音楽、メタルやその全てが隆盛を極めていた。(ジョーの)タイミングは完璧だったのさ。

Alex Skolnick:興味深い時代だったね。1985年の中頃、私は Testament で初めてのパフォーマンスをしたんだ。その2年以内には自分の初ソロ・アルバムをレコーディングした。

キング・エドワード(ヴァン・ヘイレン)の威光は今と同様に大きかった。ジョーや皆が認めたように、エディは競争のレベルを上げたんだ。他のプレーヤーがいない訳ではなかった、例えばイングヴェイのように。でも常に「さあ、次は誰だ?」という空気があった。

アレックス、君はジョーがキャリアを発進する前にギターレッスンを受けたよね。どんな経験だった?

AS:ああ、1985年すぐ頃だ。ジョーはサンフランシスコのベイエアリアで有名な講師だった。彼に習いに行くのは「卒業」の準備ができたときなんだ。ビデオゲームの次のレベルの扉の鍵を開けるようなもので、ジョーの教えを乞う準備ができたときに開けるのさ。

彼には長い待機生徒リストがあった。彼こそが真剣にエレキギターを学ぶという覚悟を与える講師なんだ。彼が教える音楽理論はプロのレベルで、ジャズやクラシック・ギターの講師が教えるものと遜色なかった。それと同時に、ロックギター特有のテクニックや、多くのギター哲学も含まれていた。

『Surfing With The Alien』を知った経緯は?

Paul Gilbert:当時の Racer X のベーシストはサンフランシスコ出身のジョン・アルデレートだった。彼は Squares というサトリアーニがソロアーティストになる前の彼のバンドを観に行っていた。彼はアルバムを持っていたのじゃないかな。僕がそれを聴いたかは覚えていないんだ。(訳者注:Squares は当時アルバムを出していない)

ジョンが言うのさ、「Squares のギタリストは凄い」って。ある日、ハリウッド大通りで僕のおんぼろ中古車を運転していたら、"Satch Boogie" がラジオから聴こえてきた。直ぐに聴き入ったよ、「なんてこった!」って。

Andy Timmons:僕の人生でお気に入りの思い出の1つがテキサスのデントンに住んでいた頃のことだ。僕が Danger Danger に入る1年か2年前のことで、僕は20代始めか中頃で、ギタープレイに夢中で何年もずっと学び、プレイしていた。

そこに『Surfing』が出てきたんだ。そのカセットをウォークマンで再生してヘッドフォンで聴いていたのを覚えているよ。あの音楽を聴きながらデントンの街を歩き周るのがどんなに楽しかったか。特別の瞬間さ、素晴らしい音楽だった。技術的には最高レベルでありながら、曲が主体だった。

"Satch Boogie" はアルバムの中でも傑出した曲です。ハイエナジーの曲でありながら、アルバムの他の曲と同様に、そこには目的がある。

 

JP:ジョーはインスト曲 "Satch Boogie" でラジオのヒットを飛ばすという奇跡的なことをやってのけた。あの曲とアルバムを聴いて直ぐ、僕は虜になった。衝撃を受けて、ハマったんだ。

PG:その曲が一番僕を鷲掴みにしたんだ。可笑しなことに、タブ譜がもたらした影響というのが僕がギター講師として抗ったことなんだけど、タブ譜をコケ落とす前に気付いたんだ。2度とても役立ったことがある。その1度はLed Zeppelin の "The Rain Song" を、もう1度は "Satch Boogie" の中ほどのタッピング・パートを解読するためさ。

アルバムで即好きになった曲はある?

AT:"Surfing with the Alien" はもちろん、 "Ice Nine" も "Lords of Karma" も好きだ。どの曲も素晴らしいよ。

JP:"Always with Me, Always with You" は僕の結婚式で使った曲だ。僕ら夫婦には愛着のある曲だよ。今までに作曲された音楽の中で最も美しい曲の1つだ。聴き飽きることがない。G3ツアーでは、ジョーがあれをプレイする度に、僕は手を止めて、ステージ袖から身を乗り出して彼があの曲を演奏するのをじっと見ていた。

AS:私も "Always with Me, Always with You" が最初に浮かんだよ。素晴らしいメロディだ。純粋なフィールがあって、見事なベンド、完璧なヴィブラートの曲。こういうものに惹きつけられる。

"Always with Me, Always with You" はジョーのメロディの嗜好や作曲の才能を最も表す例ですね。

JP:完璧だよ、やはりジョーについて作曲とメロディ・センスについて語らずにはいられない。僕が惹きつけられるのはそこだ。曲は全て、それ単体で成立し、物語を語っている。そしてジョーと話して作曲に込めたものについて訊くと、意図的なことがわかる。彼には伝えている物語がある。彼のプレイはとても詩的で表現力に溢れている。エレキギターが地球上で最も表現力に優れた楽器の1つである理由が良く表れているよ。

アルバムでは、ジョーの並外れた演奏技術が光っており、例えば "Midnight" は彼の両手タッピング・テクニックを示す小曲です。

AT:Danger Danger のギターソロであれの一部をやったよ。引用というよりは盗んだというのが正しいかな、あのアイデアを拝借して、その下手なバージョンを弾いたんだ。(笑)

ジョーのギタープレイや作曲で、自分のインストゥルメンタルの作品に影響したものはありますか?

JP:100万パーセント!(笑)実際、ジョーが初めて僕をG3に招いてくれたとき、僕はインストゥルメンタルやソロのアーティストではなかった。プレイする曲がなかったんだ。「Dream Theater のボーカル入り曲はやらないぞ、曲を書かないと!」と思い、何曲か書いた。それが初のソロアルバム『Suspended Animation』になったんだ。

その中の1曲をプレイしているときに思ったのを覚えてるよ、「これは余りにジョーっぽい。丸ごとコピーしてるって彼に思われるかも」って。明らかに僕のプレイの中にジョーが入っているよ。

PG:僕がインストゥルメンタル音楽に心を開くまでには時間が掛かった。音楽好きの子供としては余りインストゥルメンタル音楽を聴かなかったからだ。Beatles やパット・トラバーズ、トッド・ラングレンVan Halen やボーカル入りのバンドを聴いていた。

子供だったから、インストものを聴くと、「いつシンガーが入って歌うんだろう?」って感じだった。でも『Surfing』がとびきりクールなことは否定のしようがない。アルバムの全てが。だってシンガーが欲しいなんて思わないんだ。

2007年に話を進めると、G3ツアーのサポートバンドを務めて、ジョーがオーディエンスにプレイする姿を見るとわかったんだ。「シンガーはいらない」ジョーがその役割を果たしていた。それで信じるようになったんだ、ジョーだけでなく、インストゥルメンタル音楽を観客に演奏することが可能なんだって。

 

AT:スティーブ・ヴァイのレコードレーベル Favored Nations に僕のアルバム『That Was Then, This Is Now』を初めて出したときのことだ、彼とレコーディングや作曲プロセスについて話し合ったんだ。

そこでスティーブに「リズムギターのパートを録音して、その上からメロディを演奏するのはとても難しいよ。ジョーのようなサウンドにならないよう意識的に避けなくてはいけないから」と言ったんだ。

とは言え、僕らに強く影響を及ぼしたアーティストを称えつつも、それを幾分かそぎ落として、自分自身にならなくちゃいけない。その影響はそれ自体によって、また自分の演奏力の限界によって取り込まれ、自分になるんだ。

(Part 2 に続く)

 

スティーブ・ヴァイ+Polyphia 「モノリス級の変化が起きている」

10月28日にリリースされる Polyphia のニューアルバム『Remember That You Will Die』に、シングル "Ego Death" で参加したヴァイ先生とPolyphia のギタリスト、ティムとスコットが2022年12月号の Guitar World 誌で対談しました。

 

雑誌の写真撮影と対談はヴァイ先生の自宅スタジオで行われており、先生が彼らを気に入っているのが良く分かります。10月8日(現地時間午後)にはツアー中のヴァイ先生と Polyphia メンバーの対談がインスタでライブ配信されました。更にその日の夜、ダラス公演の先生ショウ終盤にティムとスコットがゲスト登場して3人の共演がライブで実現しました。

彼らとヴァイ先生は今とても親しくなっているようで、微笑ましいです。

2022年12月号の Guitar World 誌の対談はとても長いのですが、その短い抜粋記事がWEB公開されていましたので、今週はそれを紹介します。

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Polyphia の新曲にギターソロで参加することについて

Steve Vai:特にこういったものには5分もかからないんだよ。彼らは私にこのビッグなロングセクションを送ってきて、「好きに弾いて」と言うんだ。それで考えたのだよ、ふむ、私は全く異なるプレイヤーだ。彼らの音楽はとてもスムースでシャープなエッジがある。キラキラしてクリーンだ。それに対し、私はディレイにまみれた歌うギターメロディの弾き手だ。彼らの音楽に適切でないものはやりたくない。これは特別な機会で、彼らのプレイはとても変わっている。彼らの曲を汚すようなものは返したくなかった。

曲を活かすものを返したかった。それでいい、と思ったんだ。ギタープレイの違い、それを示せばいい。それで弾き始めたとき、自分に言ったのさ、「お前がやる長いレガートを弾けばいい、それが良いコントラストを加えるだろう」と。上手くいったよ。

最初の編集バージョンを聴いたときに、オリジナル版から自分のパートがかなり編集されているのに驚いたことについて

SV:通常、私が人の曲に何か提供するときには、そのまま使われる。だが、彼らはとてもクリエイティブで操作編集が好きだ。いいことさ、だから私は「これが私のプレイだ。好きなようにしてくれ」と渡した。

全く構わなかった。別に神聖なものじゃない。私の送ったパートは彼らの創造的必要性によってカットされており、彼らに違うことはして欲しくない。でも初めて聴いたときは、(オリジナルから)とても違っていたんだ。「私のやったことが気に入らなかったのか!」と思ったよ。

でも考え直したのだ、「いや、これが彼らの仕事の仕方なんだ」とね。最初は「フィーチャリング・スティーブ・ヴァイ」と言うのに抵抗があった。大して何もしていない、と思ったからだ。これという貢献をしたとは思えなかった。もう一度聴いてみると「もちろんだ、バカバカしく、謙虚な類のものだ」と思った。

ティム・ヘンソンによると、ヴァイの貢献によってその曲の創造的方向性が形成されたとのこと

Tim Henson:俺たちが彼に送ったものは曲の前半で完成していた。後半はまだビートだけで未完成だった。彼のパートを受け取ると、彼のパートのバックアップが要るとわかった。パズルのピースを組み合わせるように、もしくは大理石の彫刻を彫っているように。

ティーブのパートを受け取るまで曲の構成がわかっていなかったんだ。そして気付いたんだよ、「そうか、これでいくぞ」って。

初めて Polyphia を聴いたとき

SV:誰かが既存の枠にとらわれないアプローチをしていることは明らかだった。彼らがやっていたのは、とても多くの異なった要素をミックスしていたんだ、クリーンなトーン、フィンガースタイル、インターバル(音程)・スキップ、ダイナミックス、ダイナミックス(強弱)の驚くべき深さ、ユニークで聴いたことのないシンコペーション「これはモノリス級の変化が起きている」と思ったよ。

(2022年12月号の Guitar World 誌では、両者のコラボの詳しい経緯や、その他楽しい対談エピソードが読めます)

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10月8日のインスタライブ配信

 

ヴァイ先生もティムもこの会話が楽しそうです。"Ego Death" の制作についての詳細や、後半ではネット上のヘイターへの対応など、ヴァイ先生の人生経験を踏まえたアドバイスが彼らに伝えられます。

「あなたと話す度に、前の10倍は賢くなれる」とティムが繰り返し言っているのも微笑ましいです。

 

10月8日のダラス公演

 

GW誌の対談では、Polyphia のライブが近くであれば、ヴァイ先生が自分のパートを弾きに行くと言っていましたが、まずはヴァイ先生のライブにティムとスコットのゲスト登場が実現しました。

 

 

アンディ・ティモンズ Part 2 「僕はとても強い人間だけど、同時に傷つきやすい人間でもある」

アンディ・ティモンズが応えたメンタルヘルスのインタビュー続きです。

アンディがこの病といかに向き合ってきたか、自分らしく前を向く境地に至るまでを誠実に話してくれています。落ち込んだときに一読すると得るものがあると思います。平時に読んでも泣けました。

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当時の僕には別の依存レベルのことが起こっていた。背中に痛みを抱えていて、概して不安性の気があることも手伝い、飛行機移動に過度な不安症になった。背中には痛み止め、旅行用に不安症の薬を処方された。僕は東南アジアと欧州に頻繁に行っており、睡眠薬も必要だった。

そしてもちろん、ライブの後は輪に加わるから、アルコールを飲む。聴覚過敏が酷く、精神的には最底辺にあった。帰宅すると、薬を処方した開業医のところへ行き、時間を掛けて苦しんだけれど断薬した。

酒を止めるのは難しくなかった、難しかったのはアルプラゾラムだ。その抗不安薬を断つのは本当に大変だった。とても優れた精神科医を通じて、(その医者は抗うつ薬を処方し、僕は今も服用している)素晴らしい心理学者の助けで、僕は問題を識別し取り組めた。

そして同様に素晴らしい聴覚専門家のおかげで僕はその時期を乗り越えたんだ。友人のオリヴィア・ニュートン・ジョンが言っていたように「以前よりも強くなった」。聴覚治療で耳鳴りは軽減され、聴覚過敏は治った。

僕は自分のメンタルヘルスの問題を一度も話してこなかった。そういう話は出てこなかったから。誰にも期会を提供されなかったし、僕自身も公にする気はなかった。この話題はギターキャンプのマスタークラスで出たんだ。僕は聴覚問題と鬱について長い話をした。機会を与えられ、僕にとって話しやすい場だったからね。

このインタビューの話が来たとき、僕は一瞬考える時間が必要だった。「公の場で僕はこれをシェアしたいのか?」と。あのマスタークラスでの肯定的な反応を思い出したよ、メールでもらったんだ。「話してくれてありがとう。私も鬱で苦しんできました。あなたのような人もそうだと知ったことは助けになります」

僕は長年の間、実に恵まれていた。家があり、勤勉に働いて、家族を養うことができた。恵まれていない人は沢山いる。

妻には1994年に出会い、1996年に結婚した。彼女はそれ以来、これら全てを僕と共に歩んできた。とても夫婦仲は良いんだ。だから、これは僕の人生とキャリアについて話す良い機会だと思う。人というのは、無意識にある程度、自己防衛するものだと思う。でも僕は自分の人生、音楽、インタビューにおいて、偽りには成りたくないんだ。

メンタルヘルスには偏見が渦巻いている。でも最近は改善してきた。今ではアスリートなどが公式声明を出したり、オープンになってきた。一方で彼らは公にすることで、攻撃されたり、弱いとか軟弱だと思われたりもする。

最も悲しいことだと思うよ、だって僕自身はここまでやってこれた自分の強さを知っているのだから。僕はとても強い人間だけど、同時に傷つきやすい人間でもある。特に今話し合っている繊細な話題についてはね。

願わくば、例えただ1人でもこのインタビューを読んで、助けを得ても良いのだ、そうしても弱いわけではなく、恐ろしくて悲しい人間ではなく、君は普通に機能している繊細な人間であり、人生は厳しくて、僕らが打ちのめされ、落ち込むのは当然なのだと、僕の繊細さが助けになると良いな。人それぞれの状況によって要因は違うから、僕らはそれに敏感でなくてはいけない。

ギタープレイと同様だ。僕らがどんなレベルにあるにせよ、怖気づけられること、おとしめられること、また願わくば刺激することが沢山ある。僕のキャリアにおいても、僕自身であることが快適だと思えるところまで来るのに長い時間がかかった。

いつだって「優れたギタープレイヤーがやっているこれやあれやそれをできるようにならないと」という思いがある。でもそれは全く現実的ではないプレッシャーを自分自身に課してしまう。

上達することは重要だ。でも「尊敬するこの偉大なミュジシャンになることはできない。でも自分が持つ能力が何であれそれを受け入れ、成り得る最高の自分になって真剣に取り組む」こと。

陳腐で単純なことに聞こえるけれど、僕はここに至るまで人生を費やしたし、まだ難しいと感じている。まだ僕の中に不安な自分がいる。このインタビューの前にも感じたんだ。自問しなくてはならなかったよ「なぜ自分のことを話すのに不安になっているんだ?」と。

この事を余り話してこなかったのは、僕が自分を防御してきたからで、やるなら正しいプラットフォームでなくてはいけない。

GW誌とスティーブ・ヴァイとのインタビューを見たんだ。そこで彼はエゴと謙虚さと自信に対し、批判されて打ちのめされたときについて話していた。スティーブはとても知的で情熱的な人だ。とても美しくその主題を語っていた。

不安で繊細な僕の心は「あんな風に話すなんてできない。このインタビューで意味のあることなんて話せるだろうか?」と思ったよ。それを受け流して、「ありのままの僕でいい」と言い聞かせた。だから、この機会を有難く思うし、この会話に価値をもたらせたとしたら嬉しいよ。

(おわり)