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Green (@ribbon_bear) が毎週好きな音楽ネタを語ります! Since 2011

アンディ・ティモンズ 「あのオファーをやればロック界で僕の名前が認識されたかも知れない」

アンディ・ティモンズがジェイソン・グリーンのインタビュー番組に登場しました。多くのミュージシャンをインタビューしているジェイソンですが、パンクロック系の方とアンディの相性ってどうなのだろうと見ていたら、ジェイソンは下調べ上手で実に興味深い話を引き出していました。

あっと驚くギグのオファーなど、1時間ほどのインタビューから一部概要を和訳してみました。

 

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マイアミ大学でジャズを勉強した人が "Naughty Naughty" とかやるようになるとは意外だね。(笑)

ハハ、でも僕には兄たちがいて60年代の音楽を聴き、The Beatles を聴き、僕が12歳頃に初めて自分で『KISS Alive』を買って、それでギターを覚えたんだからね。ロックが僕の基礎だよ。ロックバンドでプレイしながら、16歳からジャズのギター教師に教わって、大学の最初の2年はクラシックギター専攻で、それからマイアミ大学編入したんだ。

そうして僕は様々な音楽をプレイしてきたけど、Danger Danger のギグがやってきたときには、自分のルーツのロックをやることにしたんだ。おかげで KISSとツアーできたのは、初めて観たコンサートが1976年の Destroyer ツアーだった者にとっては夢が叶ったようなものさ。彼らとは Hot In The Shades ツアーと数年後にUKでの Revenge ツアーのサポートをやったよ。

彼らは最高だった。僕は違うけど、Danger Danger のメンバーはNY出身だし、KISSはもちろんNY出身のバンドだからね、NY同郷の仲間意識があって、それは良くしてもらえた、最高の楽しい思い出だよ。

Danger Danger について質問だけど、最初のギタリストのアル・ペトレリ、それからトニー・レイが多くのギターをアルバムで弾いていたよね。

理由はわからないけれど、契約時に在籍していたアルは別の道を選んだんだ。トニー・レイの本名はトニー・ブルーノなんだけど、彼は当時自分のバンド Saraya があったんだ。とても良いバンドでいいアルバムを出しているよ。彼はスタジオ・ミュージシャンとしてアルバムで演奏することに同意したんだ。それからバンドはツアーとビデオをやるギタリストを探したんだ。

これは初期の Danger Danger の写真だけど、君たちはジェリー・ミラーのお気に入りで Metal Edge 誌のポスターになってたよね。当時あれに載るのはビッグなことだった。雑誌にはアンディのピザの好みやボクサー派かブリーフ派かってことまで載ってたよ。

確かにジェリーと Metal Edge 誌のおかげで沢山の露出ができたよ。理由はわからないけど、彼女は僕らを掘り下げて取材してくれた。パンデミックで家にいるから、先日倉庫の整理をしたのだけど、NY時代の雑誌が沢山でてきて、懐かしく見ていたんだ。

(訳者注:先月、アンディが癌で亡くなったジェリーのニュースにコメントしていました。「このニュースに心を痛めている!ジェリーは Danger Danger 時代を通して信じられない程僕に親切だった。パンデミックの始まりの頃に彼女と連絡をとって良かった。彼女は病気だなんて口にもしなかった。ジェリーどうか安らかに、ありがとう」

 

これはずっと疑問に思っていたことだけど、君は優れたプレイヤーで、Danger Danger ではプレイヤーとしての君を全て表現することはできなかった。ずっと昔のNYで確かチャイナ・クラブだったと思うけど、君とレブ・ビーチがギタークリニックをやっていたのを見たんだ。ミュージシャンは君がプレイヤーとしてずっと多くのものを持っていると知っていた。だからいつも不思議に思っていたのだけど、他のバンドが君に声をかけなかったのかい?デイヴ・リー・ロスとかアリス・クーパーみたいな人が声を掛けないなんて不思議だよ。

そういうことは時折あった。ずっと後だけど、Winger から誘いがあった。ポール・テイラーがバンドを辞めることになったから。僕はレブとはずっと友達だったし、彼は素晴らしいプレイヤーだから一緒に居るのが楽しくてね。

キップは僕を知って、その後彼のソロアルバムでプレイしたよ。彼の1stアルバム『This Conversation Seems Like A Dream』は20年か25周年を迎えたんだけど、僕が参加したアルバムの中で最もお気に入りのアルバムの1つだよ。とてもオーガニックで深みのあるアルバムだ。

バンドとしての Winger の後、アニメや Metallica の攻撃の後で、あれは素晴らしいステートメントになると思ったよ。あのジャンルにあれだけ多くのバンドがあったというのに、Winger が攻撃の対象に選ばれたというのは余りに不運だ。実際のところ、Winger は全員がモンスタープレイヤーで、素晴らしい人たちさ。スケープゴードとしてポスターボーイに誰かが必要だったのだろうけれど…

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(写真上)Winger のライブに飛び入りしたアンディ。2016年マイアミ

なぜ Winger には参加しなかったんだい?

僕はまだDanger Danger にいて、バンドに忠実だったからさ。でもキップのソロアルバムでは僕とロッドがプレイしているから、もし僕が彼らとプレイしていたら、というのは実現しているんだよ。

とにかく、僕は何かチャンスがあったからと言ってバンドからバンドに移るようなことはしたくなかった。3rd アルバムでDanger Danger はアルバムリリースができず、テッドとバンドがもめたり、新ボーカルが入ったりとなったときに、ブルーノが僕に、バンドにいてもいいし、テキサスに戻ってもいいと言ったんだ。彼は僕が悩んでいるのを見てそう言ってくれた。それで僕は決断ができたんだ、自分にとってもテキサスに戻るのが1番いいと思った。そして自分の表現として、心にあった曲をレコーディングしてセルフリリースしたんだ。商業的な物を追うことはなく。

なるほど、最近インタビューしたギタリストたちも同じようなことを言っていたよ。Autograph のスティーブ・リンチとか、ロン・サールとか。誰かの音楽をプレイし続けるのではなく、自分の音楽をやりたかったと。

僕の場合はプレイする相手の人柄や音楽によると思う。オリビアニュートンジョンにプレイしたのは彼女がとても素晴らしい人だからだよ。彼女のギグは15年とはいえ間欠的に続くものだったし、彼女は僕自身のキャリア活動への理解もあった。

その年月の間にはバンドからのオファーもあったし、それをやればロック界で僕の名前が認識されたかも知れない。でも誰かの後任をやるというのはできても、一緒にやる人の人柄と合うかという疑問はあった。

君がどんなバンドのオファーを断ったのか興味あるな。

余り言いたくないんだ、誰かの心情を傷つけたくはないからね。息子が生まれてからは特に家を空けてツアーに出るなら、愛する人たちと一緒にやるか、又は自分のバンドでにしようと思った。さっき君がロン・サールの名前を口にしたけど、彼が Guns N' Roses で感じていたことというのはそういうことじゃないかな。

実際、それがオファーの1つだったよ。ロンからあるとき電話があったんだ。彼らがロンと共にプレイするバンドメンバーを探しているときに。(訳者注:それはつまり、DJ Ashba が加入する前段階の人選動向と思われる)でも当時のアクセルの評判などを耳にすると乗り気になれなかった。でもロンが僕の名前を考えてくれたことは光栄に思っているよ。

GNRのリユニオンを観ることができたのだけど、アクセルはキャリア最高のパフォーマンスだったし、バンド全てが、スラッシュも過去最高のサウンドだった。皆がシラフだったのが最大の要因じゃないかと思ったよ。

君のビデオをYouTubeで見ていて、スティーブ・ヴァイのショウで君がギターを受け取って完璧に弾きこなしていたのも見事だったし、エリック・ゲイルと共演していたのも素晴らしかったよ。

はは、地元でライブを観に行くときには何が起こるかわからないからね、僕は必ずポケットにピックを持って行くのさ。(だからスティーブからギターを渡されたときにすぐピックを出して弾いた)エリックは僕の好きなギタリストのトップ5に入るよ。

 

彼は左利きだよね、ビデオを見ていて不思議に思ったんだけど…

彼は左利きのポジションでプレイするのだけど、右利き用のギターを上下逆にして使うんだ、アルバート・キングみたいに。高音E弦が上にあるんだよ。僕がプレイしてて高音弦をベンドアップしていると、彼は(高音弦が上にあるから)ベンドダウンして弾いているんだ。彼は最も大きなソウルをギターから表現できるプレイヤーだ。

君はビゾネット兄弟と共演しているね。

ああ。Reddcoats というプロジェクトで、マット・ビゾネット(B)から始まった。彼は素晴らしいシンガーでありソングライターだ。彼の兄のグレッグ・ビゾネット(Dr)が僕を誘って、パーカッションにはマイク・メディーナ、ウォーリー・ミンコウがkeyだ。

 

バンドは何でもプレイできる、正にミュージシャンのアルバムで、ポップの繊細さがありながら、10分ものドラムソロがあったり、フュージョンでファンクでラテンでロックで全てが入っているんだ。事前に方向性を決めていたのではなかった。レコーディングは全てリモートでやったよ。

マットとグレッグは最高のギタリスト全員とプレイしているからね、一緒にプレイできて光栄だよ。僕には少し早すぎると思えるけど、7月にイタリアでライブをやろうとしているんだ。彼らとはぜひギグをやってみたい、安全が大切だから状況を見守るよ。

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驚きました。アンディが Guns N' Roses に誘われていたとは!ロンさんは内部の人間関係に多少の負担感を持っていたでしょうから、人柄が信頼できるアンディとプレイしたいと思ったのでしょうか。

レブはアンディが大好きだから、一緒にプレイしたかったのでしょうね。ポール脱退後の Winger に誘い、ダグ・アルドリッチ脱退後の Whitesnake にもアンディを誘って。Winger 入りしたアンディを観てみたかった気もします。

アンディ最新のプロジェクトの Reddcoats ですが、ツアーも計画されているとは驚きました。ぜひ日本にも来て欲しいです!

昨日のデヴィン・タウンゼントが登場したハーマン・リーのTwitchで、デヴィンの新アルバムにアンディが参加したという話を聞きました。デヴィンとアンディという組み合わせも意外で驚いています。両者ともヴァイ先生と親しいのでそこからでしょうか…

アレックス・スコルニック Part 1「ミュージシャンは臆せずに政治的信念に声を上げてきた」

Testament のギタリスト、アレックス・スコルニックが Newslines Magazine に寄稿しました。アーティストが政治的意見を述べることについて、自身の意見を述べたもので、実に読みごたえがあります。

日本でもそうですが、アメリカでもアーティストが政治的意見を述べることについて賛否両論があり、タブー視されたり、自分の活動の為にも口をつぐむアーティストがいる中で、このように意見を明らかにしたアレックス、さすがのインテリギタリスト。

彼は元々民主党支持で自身のSNSでも立場を明らかにし、そのような投稿も多くしており、私はこの1年ほど実に興味深く観察していました。スラッシュメタルバンドのギタリストで、自身のジャズバンドを率い、読書や写真を趣味として政治活動も行う、愛猫家。知的でジョークと皮肉のセンスが抜群のアレックスの文章は実に興味深いものでした。

アレックスの寄稿文を和訳してみました。今週は Part 1。

newlinesmag.com

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"Shut Up and Play Your Guitar" (Frank Zappa)

音楽メディアをチェックしていると時折、「~にアーティストが反応」の類の見出しに出くわす。私がこの手の分野の定番になった理由は定かではないが、私はこの手の分野でしばしば話題にされ、私よりずっと知名度の高いミュージシャンと共に語られる。時にはハリウッドセレブの1~2人と共に記事になることも。主に同業者に尊重される程度の楽器演奏者であり、主にミュージシャンを対象とした出版物を通じて知られる身としては、そのような注目を浴びる人の同類として私はしっくりこないかも知れない。だがその理由については推察できる。

舞台芸術の世界で生計を立てる人々:ギグ・エコノミー。「ギグ」という言葉はミュージシャンにとって1つ以上の意味がある。それは主題を分離して、潜在的に聴衆の1部を疎外することを語る心配に満ちた見解だ。皆がフォロワー数の勘定に夢中になっていたとき、誰かにとって同意できないと見なされるたった1つの意見だけで「フォロー解除」が押されるのだ。アーティストがこのデジタル世界の地雷原を注意深く歩くのは理解できる。そして多くが自制するあまり失敗する。ミュージシャンが正直な意見を表明すると今ではニュース性があると見なされるという理由によるものだろう。

しかし、そもそも自分を正直に表現するというのがアーティストになった理由ではなかったのか?

私たちの生きる現在とは、かつてジョージ・オーウェルやオルダス・ハスクリーが想像したダークなディストピア、また近年ではマーガレット・アトウッドデイヴィッド・フォスター・ウォレスが描いた世界がもはや「ありそうもない」とは思えない時代だ。『1984』『すばらしい新世界』『侍女の物語』や『Infinite Jest』を読んでそこに広がる堕落した世界に現在の我々の社会的そして政治的状況の反響を見つけずにはいられないだろう。悪しき思想は党派に偏ったものではない。それに私は左派の思想に自動的に賛成はしない、特に急進左派には。しかしその短所を今の右派と比較するなら、等価関係にはない。MEGA運動、その運動に同調する共和党員、右派メディアの生態系、Qアノン、白人民族主義者、「オルタナ右派」から保守派資金提供者まで、かつてのテレビスターで文字通り黄金の肖像になって崇拝される人物に反民主主義的意識が具現化されたようだ。

ウィル・フェレルが映画『ズーランダー』で演じた役のセリフを借りるなら、「権威主義が今の流行り」だ。

2000年代中頃、The Dixie Chicks が当時大統領であったジョージ・ブッシュイラク戦争について批判した事によって、自身のファン、ラジオ局、事実上は国中の音楽権威から要注意人物リストに入れられた。皮肉のかけらもなく、これと同一の層は前大統領ドナルド・トランプがブッシュとその戦争について同じことを言っても擁護するだろう。そして悲観論者となって「キャンセル・カルチャー」(訳者注:個人や組織、思想などのある一側面や一要素だけを取り上げて問題視し、その存在すべてを否定するかのように非難すること)の脅威を煽るのだ。((その運動は)左派からではあるが)いずれにせよ、その出来事は文化紛争のマイルストーンを記録した。すなわち、21世紀における最初であり、状況からすれば後に起こる多数の紛争の先駆けとなった。その波紋は今だ感じられ、それによって多くのアーティストが政治の世界に足を踏み入れるのに恐れを抱いた。

幸運にもアーティストとしてフルタイムの活動をして生計を立てられる私たち、かつ(どんな攻撃にも)びくともしないトップ1%のセレブに含まれない者にとって、揺るぎ難い事実だ。私たちは失うほど多くを持ってはいないが、収入が減るリスクを冒している。常にファンベースを築こうと精を出す身としては、それを縮小させるかも知れない何事にも躊躇するのは理解できる。しかし、そのような恐れで多くのアーティストが自己を過小評価し、潜在的に彼らの芸術を貶めることになる。公式に歯に衣を着せぬ物言いをしたアーティスト、特に高額納税者の仲間入りをした者が今やかつての彼ら自身の作品の格下げ版のようなつまらない作品を量産している事例は枚挙にいとまがない。

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アーティストとして、我々は真の自分自身を支持してくれるファンベースを築くのを目指すべきだ。真の自分とは、想像力に富み、精力的で複雑な人間で様々な特徴を伴う人格をも含む。そう政治的見解も。全てが浅薄の同質生産物などではあり得ない。アーティストとしての誠実さを保ちつつ、このようなオーディエンスを獲得するためには、むしろ少数のフォロワーを失ってもよしとすべきだ。特に我々の創造の主題が彼らの好みどおりであることを望む種類のフォロワーを。

真の芸術性とは時としてファンを挑発することでもある。歩み寄って新たな見方の発見をする者もいれば、自己の偏見に浴す快適さを好み、侮辱の言葉を投げつけ、「フォロー解除」を押す者もいるだろう。注目を集めることが貴重商品と化した現在において、オーディエンスを失う恐怖は理解できる。しかしそもそも、そのオーディエンスを築いたのは恐れなき想像力の行為であったことを私たちは忘れている。政治的活動をすることにリスクがあるのなら、そのようなファンから距離をとる満足もまたあるだろう。私が政治的問題を発言する度に、少数のファンから距離ができた。それに私の見解はジャーナリストや世論形成者によって増幅された。そのうちの何人かはビッグネームだ。これによって逆に私の従来のオーディエンス枠を超えた人々の注目するところとなり、新たなフォローやより多くのリツイートを生んだ。私にとって最大の損失は恐怖に屈してこのような時代に自分の意見を抑圧することだ。

皮肉なことに、ロックとはそもそも大胆な声明だった。ジミ・ヘンドリックスの "Machine Gun" (ベトナム戦争について)、ボブ・ディランの "Masters of War" (軍産複合体について)、Crosby, Stills, Nash & Young の "Ohio" (ケント州立大学銃撃事件について。注:1970年オハイオ州ケント州立大学で起きた銃撃事件、米軍による中立国カンボジアへの爆撃に反対する大規模な抗議活動中に、オハイオ州兵が非武装の大学生を銃撃した)、Black Sabbath の "Into the Void" (米ソの宇宙開発競争について)、ジョニ・ミッチェルの "Big Yellow Taxi" (自然破壊について)、スティングの "Russians" (米ソ冷戦について)、U2の "Sunday, Bloody Sunday" (北アイルランド紛争について)から Metallica の "One" and "Disposable Heroes" (軍国主義における人的コストについて)まで。ミュージシャンは臆せずに政治的信念に声を上げてきた。オーディエンスが聴いて育ってきた多くの音楽が政治的信念を明示したものであったのに、彼らがアーティストが異なる意見を表明するのに余りにも不寛容になったのは実に皮肉なことだ。

そもそも私が音楽の道を追求した動機の一部は自分が表現したいことを抑圧されないことだった。感情を押し殺して、笑顔を貼り付け、収入の元へおべっかを使うことが求められる通常の仕事では長続きしなかっただろう。1999年のマイク・ジャッジ監督映画『リストラ・マン』はそのような状況を巧みに風刺している。そしていくつかの点では、私の政治的ツイートに「ギターだけ弾いてろ!(Shut Up and Play Your Guitar)」の類の反応をした不満を抱えたSNSメディアのフォロワーの群衆は、非協調主義者の世界にあるアーティストに(映画と)同様の種類の服従を強いようとしている。

自己のプラットフォームをただイベント告知、物販の宣伝やギター話に使って、その日の政治的出来事や環境破壊や公衆衛生危機にコメントしないのはモラル放棄に値するだろう。芸術を刺激する体験から自己を切り離すことになる。それでは凍った笑顔を貼り付けていることになる、まるでフィクションの息苦しい『リストラ・マン』の世界の労働者のように―市民そして芸術家としての人間的体験を減らす疾病を隠すために。

ファンはいつもこうではなかったし、私もそうではなかった。

私は承認を得るため、そしてただ単に仲間に溶け込むために対立を避けることを望む少年期をすごした。生まれながらに話す才能のある人もいる。青年期の始めまで、私は精神的な胸のつかえを抱えていた。内向的な性格だったので、話をする能力の代わりに別の表現方法を身に付けることが救いだった。私の場合、その方法は人々が振り回してきた6弦の楽器で、近代史の様々な場面で行儀のよい社会から攻撃的と考えられてきたものだった。十代の私にとって、エレキギターが抑圧された感情を開放する術となった。ギターは私に創造的で満足のいくキャリアを与えてくれただけでなく、極度の内気と気後れを克服する助けとなった。

大人になると、音楽によって私は世界中を何度も巡り、そうでなくては知る由もなかった人々に出会い、様々な場所を訪れ、経験をした。この経験は明らかに私の世界観を深めた。私はしばしば「アメリカこそ世界一」を唱え、他人に自らの「愛国主義」を押し付ける人々に打ちひしがれてきた。その人々の多くは一度も外国に行ったことがないのだ。

(Part 2 に続く)

 (上)アレックスの楽しいジョークセンスが垣間見れるツイート。今回の寄稿記事を取り上げたメディアのツイート「Testament のアレックス・スコルニックが「黙ってギターを弾く」のを拒否した」を引用して、「アレクサ、"The Imperial March" をかけて」のコメントと共に、スターウォーズ『帝国の逆襲』サウンドトラックから "The Imperial March" のリンクを貼って投稿。正にアーティストの逆襲という訳ね、こういうセンス好きだなぁ。(笑)

スティーブ・ヴァイ 「正しい姿勢をしていれば、全てが上手く流れる動作ができる」

3月13日にスティーブ・ヴァイが久しぶりにライブ・ストリーミングの Alien Guitar Secrets - Episode 9: Hand Health で登場しました。

 

両手の状態について、自身の病歴からギタリストへの健康アドバイスなどが聞けます。そして最後に左手で弾いた新曲 "Knappsack" が演奏されます!新曲の名前の由来も以下を読むと明かされています。(笑)

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さて、私がこれまでに手に問題を抱えたことがあるか?についてだが、過去45年に渡って、私の手は実に順調だったよ。特に問題はなかった。
しかし、私に起きたことで、君が避けることができること、またこうした問題が起きたときの対処について話してみよう。

ミュージシャンであれば、自分の手に特別な注意を払わなくてはならない。様々な痛みがあるんだ。筋肉痛なら疲労や筋肉の使い過ぎが原因だろう。しかし別の種類の痛みというのがある。もっと鋭い痛みで、いわば衰弱させるもの、弱った筋肉とは全く関係がなく、むしろ構造的問題と関係がある。

その1つが手根管症候群だ。手根管とは身体全体に巡らされたトンネルのようなもので、そこを通るケーブルが我々の身体のあちこちを動かしている。このケーブルが擦り切れたり、炎症を起こすと、トンネルをうまく通過できないんだ。詰まって痛みを伴う。

そしてこれは、さほど複雑な手術ではないんだ。トンネルを切り開いてケーブルが上手く動くようにするものだ。私は過去にある程度の手根管症候群を経験したことがある。

それは野平一郎作曲の「炎の弦」を練習していたときだ。エレクトリック・ギターと管弦楽のための協奏曲だ。あれは死に挑むようなものだったよ、私がこれまでに練習した中で最も複雑で強烈で難しい楽曲だった。1週間じっと腰かけて全ての接触を断ち1日中この曲を練習していた。終いには指を動かせなくなったよ、恐ろしかった。そして少々調べ物をして対処し、手術をする必要はなかった。代わりに腕を冷やして手を休めた。

ここで私が学んだことの1つは、自分のプレイに力が入り過ぎていたことだ。多くの場合、必要以上に力が入っているものなんだ。指に強い力を入れ過ぎて、結果動きが遅くなっているのだ。これは指が優美に動作する能力を低下させているようなものだ。わかるだろう、勢いよく強く弾こうとするとかえって動きを台無しにするのだ。

だから、今後はプレイするときにリラックスしてみるのが良いだろう。長年の中で私は時折腕に違和感を感じることがあるが、その程度で大したものではない。しかし、今回はこれが起こったんだ。

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あるとき、私はアコースティックギターを持って座っていてね、ある曲の実に奇妙なパートに取り組んでいたんだ。指をこうして鈍角のポジションにして、親指は変わったポジションに置いていた。座ってプレイし、聴きながら瞑想をしていた。そしてコードの響きに深く意識を集中して20分程してから手を(ギターから)離すと痛みがした。

どうしたものかと思っていたら、数日後にはバネ指になった。これは珍しいものではなくて、手を通るトンネルのケーブルが擦れて一部切れた状態だ。とても奇妙でまさにバネのようだ。そして固まって動かなくなり、とても痛いんだ。プレイできなくなったので、治療してもらった。手術は簡単なものだったよ。ここを切開してトンネルを切るんだ。ほら、もう今は全く問題ない。まだ時々痛むことがあるけどね、回復途中だ。ここに傷跡があるからこれ(サポーター)をしているんだよ。

だから、君たちは自分の身体の声に耳を傾けているべきだ。演奏できなくなるという結果は望まないだろう。だからそれが一番なんだよ。倦怠感を感じたなら休養すること。そして私の様に構造的な問題があったなら、練習を止めて、医者にみせることだ。

では私が(右肩に)付けているものは何か。50年近く私はこうして肩をすぼめた姿勢で弾いてきた。その結果、右肩の内部に障害が生まれていたんだ。自分でなんとかできると思っていたのだが、1年程前、ロックダウンの始まる前に痛みが出始めた。検査をして、身体療法を試していたけれど悪化したので、コルチゾン注射をしたんだ。それで治まることもあったのだが、私の理解ではコルチゾン注射は緊急時には良いけれど、腱の働きの障害になる。暫くは手っ取り早い治療になるが、私の場合は1度注射したがまた悪化したので、医者に行きMRIなどをやって調べると腱板処置が必要だということだった。

そこで実に素晴らしい医者をみつけたんだ。ナップ(Knapp)医師といって腱板外科医の権威20人に入るような人だ。彼はこの吊り包帯も作った人でナップサック (Knappsack) と名前がついている。もうすぐこの吊り包帯も取れるだろう。

私は初め、痛みを緩和することに集中していて、この姿勢のことは考えなかった。ギターを抱えて右肩を上げた姿勢だ。でも今は左足を掛けた状態、クラシックのギタリストがとる姿勢で右肩は下がった姿勢でギターを抱えやすい。このナップサックを付ける前のことだ。

他に私が言えることは姿勢だ。私は若い頃から姿勢に殆ど注意を払ってこなかったのだが、その代償として頸部と腰に椎間板ヘルニアを発症したんだ。それで手術したのだが、当時は20代と若くデイヴと働いていた頃だ。頸部と腰から椎間板を取り出す手術をしたよ、執刀医はデイヴ・ロス医師だった。そう、デイヴの伯父さんだよ。素晴らしい人で、私に新たな人生の時間をくれたのさ。

けれど年月が経つうちに、自分の姿勢を意識するのが難しくなった。でもこれは大切なことだ。正しい姿勢をしていれば、全てが上手く流れる動作ができる。身体を巡るエネルギーの詰まりも少なくなる。先ほど話した姿勢は役に立つだろう。

他に私がやったのは、この椅子を作る会社を見つけたんだ。見てくれ、素晴らしい椅子だ。Sonus という会社で、顧客の身体を測定して椅子を作ってくれるんだ。素晴らしい座り心地だ。メラニーとブライアン夫妻がやっている会社でね、まるで自分の尻が木製のバターに載っているような感じなんだ。とても心地よく、背中を真っ直ぐに保ってくれる。すっかり私のお気に入りで、今ではギタープレイに欠かせない椅子となったよ。とてもお勧めだ。どの椅子に座るにしても、背中を真っ直ぐに伸ばして快適な姿勢をとること。私のようなことにはなりたくないだろう?

これが私の経験から学んだことだ。君にとって価値ある情報になることを祈っている。これが役に立ち良い習慣を身に付けられるように。自分の身体が発する声に耳を傾けること、何かあれば直ぐに対処すること。それが良い習慣だ。

さて、ここでとてもクールものを見せよう。新しい Onyx black PIA だ。このギターが届いても私は右手が使えなかったのだが、何とかして弾かずにはいられなかったのだよ。片手は使えるからレガートで弾けるからね、それで曲を書いた。曲名はナップサック (Knappsack) にすることにした。(笑)

 

 

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Sonus という会社のヴァイ先生が絶賛する椅子はフィル・コリンも愛用しているようですね。もしかして、サッチを通じて悩むヴァイ先生に椅子を紹介したのがフィルだったりして…

 

ヌーノ・ベッテンコート 「EVHがロックに与えた衝撃を考えれば、グラミーはあんな15秒の動画以上のことをすべきだった」

3月14日(現地時間)に行われたグラミー賞授賞式の「追悼」の場面で昨年亡くなったエディ・ヴァン・ヘイレンの扱いが余りに小さかったことに、HR/HM界の方々が反発しています。もう長年にわたって、グラミー賞ではロックのジャンルが冷遇されていることもあり、このジャンルの人々は授賞式を見なくなっていますが、不世出のギターヒーローで変革者であったエディがこの扱いだったことに我慢の限界を迎えたのではないでしょうか。

エディとの交友があったヌーノ・ベッテンコートが長文で意見をSNSに投稿していましたので全文を和訳してみました。

また、エディの息子、ウルフ・ヴァン・ヘイレンもコメントを出していましたので、そちらも和訳しました。

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ヌーノ・ベッテンコート

 

今日、俺はギタリストやミュージシャンとしてではなく語りたい。

俺は人生を通してポップ、R&B、ロック、ファンク、ヒップホップの大ファンであり、プリンスから Black Sabbath まで好きなんだ。

音楽がいかに俺たちの人生のサウンドトラックなのかを知る者として、俺はこの業界を悲しく思うし、失望した。特に俺たちアーティストが究極の功績として敬う団体に対してだ。

エドワード・ヴァン・ヘイレンがロックンロールに与えた衝撃を考えれば、グラミーはあんな15秒のライブ動画で半端なうちに終わる侮辱的なシロモノ以上のことをすべきだったと思うだろう。

あのクリップが敬意を欠いたものであるだけでなく、彼の伝説的ギター仲間によるトリビュート・パフォーマンスをやらなかったとは恥ずべきで歴史的な機会の損失だ。

なぜか?

アイコニックな彼のバンド Van Halen だけでなく、エドワードは自力で、もしくは俺たちは両手でと言うべきか(訳者注:自力で "single handidly" に掛けた表現、恐らくエディのタッピングを指している)、彼は再構想し、再発明して楽器演奏の仕方、またそのサウンドを永遠に変革したんだ。

彼以前の数少ないアイコンたち、チャック・ベリージミ・ヘンドリックスジミー・ペイジブライアン・メイがしたことを吸収し、未来からやってきた進化したエイリアンのごとくに世界を揺るがし、ギタープレイをテクニックとソウルと創造性の完璧なバランスの高みへと持ち上げた。これはさっき俺が挙げたアイコン達でさえ思い寄らなかったことだ。

そして更に驚異的なのは、彼の革新はアルバム毎に続き、俺たちを驚愕させたのさ、その顔に満面の笑みをたたえながら。

バスケットボール界のマイケル・ジョーダンのように、エディはギタープレイのあり方を永遠に変えたのだろう。

昨夜のグラミー賞授賞式では、現在の最も偉大なギタリスト達がステージでエディの最高の作品をメドレーでトリビュート演奏するべきだった。フィナーレを想像してみろよ、メドレーの最後で全員があのギターソロを演奏するところを。エディがジョーダンのような世界的認識を得たあのソロだ。

そのソロとは、エドワードがキング・オブ・ポップに弾いたあれだ。

"Beat It"

グラミーがロックンロールに放送時間を割きたくなかったとしても、マイケル・ジャクソンの名を利用して、ブルーノ・マーズに歌わせ、象徴的ギタリストにソロを弾かせることは少なくともできたはずだ。

あんな冷淡にエディを15秒の動画で通過する以外の何だってできただろう。

もう何十年もわかっていたことだ。
でも昨夜まではあれほど露骨じゃなかった…ロックンロールは忘れられ置き去りにされている。

ファンによってではない、ありがたいことに。
ロックの火を灯し続けているアーティストによってでもない。
けれど、明らかに主流の音楽産業;オートチューンで駆動するボーカルとミュージシャンが実際に楽器演奏するよりもボタン操作で制作される産業によって。

いいか、若くて素晴らしいバンドが登場してきているし、偉大なバンドはまだロックしている。
ロックは死んじゃいない、決して死に絶えない。
だが、ロックへの敬意は風前の灯火だ。

ロックンロールがこの1世紀近く俺たちをここに導くに至るまで、全ての異なる音楽ジャンルに対してやったことを考えれば、僅かばかりの敬意が払われるべきだし、グラミーで祝福される権利があってしかるべきだろう。

でも俺の考えなんて誰も気にしないだろう。
どちらにしろ、次のロックコンサートで会おうぜ!!!!!

ロックンロール万歳!

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ウルフ・ヴァン・ヘイレン

 

グラミーに授賞式の「追悼」特集で "Eruption" を演奏しないかと打診されたけれど、僕は断っていた。父以外の誰として、父が音楽に成し得たことには応えられないと思うから。

僕の理解では「追悼」では亡くなった伝説的アーティストを称えて多少の音楽が演奏されるというものだった。まさか、他の亡くなったアーティストに対して4つのフル演奏が続く途中に彼らが父をたった15秒見せるとは思わなかった。

最も辛かったのは、授賞式の最初に(出演者が)亡くなったアーティストを語っていたシーンで父の名が触れられることもなかったことだ。ロックが人気のあるジャンルじゃないってことはわかっている、(アカデミーはまるで無関心のようだ)けれど父が楽器やロック界、音楽全般に与えた影響という遺産を無視するのは不可能だと思う。彼のような変革者は決して現れないだろう。

別にここでヘイト運動を始めたいって訳じゃない。ただ僕らの側の心情を説明したいだけだ。父ならきっと笑い飛ばして「どうでもいい」と言うだろう。彼の関心事は音楽だけだったから。他の事なんてどうでもいいんだ。

レコーディング協会と話す機会をもらえたらと思う。父の功績のことだけでなくロックのジャンルがもたらした功績を未来に繋げるために。

 

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Variety誌がグラミー賞後に授賞式のプロデューサー、ベン・ウィンストンにインタビューをしており、「追悼」でのエディの扱いについて話しています。

variety.com

ウルフに出演して演奏しないかと代理人を通じて話したけれど、彼が断わったので、8~9人のギタリストに弾いてもらう案を出したが、エディのプレイは本人にしかできないので、本人のビデオを放送するべきだとウルフが考えていたので、その通りにした。

もちろんもっと長いビデオにしたかったが、「追悼」で(故人の写真を映しながら曲が演奏される演出の中で)エディは故人の音楽がながされる唯一の人物で、他に誰も画面に登場しない(ので短くなった)。適切なトリビュートだったと思うが、ウルフがそう思わなかったのなら残念だ。

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う~ん、トリビュートもやらなかったのはウルフが同意しなかったから?何だかスッキリしないなぁ…

 

スティーブ・ヴァイ Part 2 「左手だけで弾いた曲をもうすぐリリースする」

ギタリスト向け番組 Guitar Villains のインタビュー続きです。
曲名当てクイズが楽しくなってくるヴァイ先生とヴァイ&ギター愛溢れるインタビュアーのやりとりも楽しいです。

Part 2 では、ヴァイ先生今後のプロジェクト予定や、気になる手の状態についても話が聞けます。そして今日は左手だけで弾いた曲の動画が公開されました!

 

 

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次はこの曲です。(曲を流す)

"Hand On Heart" いや違う!"Dyin' Day" だ!

そうです。僕はこれがあなたのベスト曲だと思うのです。もちろん多くのギタヲタに別の意見があるでしょうけれど。僕には全ての音に完璧な満足感があります。

何年も経ってからでないとリスナーの反応がわからないものというのがあるんだ。『Sex And Religion』がリリースされたとき、私は無残に批判にさらされたよ。しかし何十年もたってみると、あれは多くの人のお気に入りのヴァイアルバムだ。

それと "Dyin' Day" についてありがとう。あれはライブでやったことのない曲だ。レコーディング時に1度だけ弾いた曲だ。でも次のツアーでは君のためにプレイしよう。(インタビュアー、ここで盛大にガッツポーズ)ライブでやらなかったのは、チューニングがイレギュラーだからだ。

それにイントロは12弦です。

いやいや、あれはチューニングが違うから12弦に聴こえるが実際は違うんだ。こういうイレギュラーチューニングの曲をツアーでプレイする為にはギターを2本追加しなくてはいけないということさ。そうしてツアーに持ち歩くギターが増えていくからあの曲はプレイしなかったのだよ。プレイしたいと思いながらライブでやっていない曲がいくつかあるんだ。"Boston Rain Melody" もそのうちの1つだ。

次はこの曲です。(曲を流す)

"Bohemian Rhapsody" だね、ヌーノが編集したやつかな?(訳者注:おそらく、昨年ヌーノがAXSTVの特別番組の為に編集した、ブライアン・メイ参加バージョン)

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これはツアーからの音源です。どこの会場かわかりますか?

オースティン(テキサス)かな?(訳者注:今後発売される Generation Axe のライブアルバムはここでの収録音源です)

そうです。ブライアン・メイのソロのところで、5人のギタープレイヤーが皆、頭を上にのけ反らせるところがいいですね。(笑)

ハハハ!それがギタープレイヤーというものさ!あの曲は皆でプレイするのに、 "Highway Star" がイングヴェイにぴったりだと思ったように、ヌーノはブライアンとも親しいし、大の Queen ファンだから彼にぴったりだと思ったんだ。でもあの曲を真っ当に演奏するのは大変でね、3度目のツアーでやっとリハーサルの時間が取れてプレイできた。

2週間ずっと練習したんだよ。Generation Axe のメンバーは全員がそれぞれが特徴的なギタープレイをする。ヴィブラートもボリュームやトーンの使い方も音符の止め方、始め方もそれぞれ特徴がある。しかし全員のプレイが完璧にシンクロしなくてはならないんだ。フレディのように完璧なハーモニーを紡がなくてはならない。

イントロだけでも、5本のギターはハーモニーを奏で、全ての音符は同時に始まり、ヴィブラートの有り・無しも、アーティキュレーションもスライドも、音符が止まるタイミングも全て完璧に合っていなくてはならない。大変だったが、完成した演奏が素晴らしいものになるとわかっていたのだ。このような演奏はこれまでになかったからね。

まだ(ライブアルバムの)リリースはできていないが、聴いたら皆が驚くだろう。本当に素晴らしいんだ。非常にタイトな演奏で、全員が従っている。曲に深い尊敬を払い、正しいタイミングで頭を反らせているだろう?振り付けじゃないんだ。(笑)

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ツアーできるようになれば、Generation Axe でまたツアーがあるのですよね?

ああ、もう2回キャンセルしたんだ。(訳者注:正式なGAツアーの発表はされていませんが、おそらく2020年に欧州ツアーがプロモーターとの間で決まっていたものがコロナにより延期されたものと思われます)皆がソロの予定もあって今後予定を合わせるのは難しくなるだろうが、私はあのツアーが好きだからね、またやるだろう。

ヴァイ・アカデミーは直接あなたから学べる素晴らしい機会ですね。

あれは大好きなイベントだ。キャンプのロケーションが毎回素晴らしいのだよ。今予定されているのは2022年の1月2日からで、クイーン・メリー2(クルーズシップ)でやるんだ。次のキャンプの講師に何人かを招待しているのだが、まだここでは名前は言えないんだ。(訳者注:少し前のインタビューでは次回の講師にヌーノが予定されていると言っていました)一番のお楽しみは参加者の全員とジャムすることだ。

PIAは美しいギターですね。

(先生、ご機嫌で新しい黒PIAを手に取るとカメラに向ける、包帯で半分巻かれた左手が映る)

(右肩)手術の後、左手でしか弾けなかったのだが、今では全く弾けなくなってしまったよ。実際に左手だけで弾いて曲を書いたんだ、ミックスしなくてはいけないが、もうすぐリリースできると思うよ。ただ楽しんで書いた曲だ。私の手はあと2~3週で弾けるようになるから、勘を取り戻すよ。

(本日の午前5時に演奏動画が公開されました!これを左手だけで弾くだなんて、先生はまたしても世界中のギタヲタを驚愕させました!凄い、凄すぎる…)

 

アコースティックのボーカル入りアルバムを制作しているのですよね?

ロックダウンでストリーミングをしていたときに "Moon And I" をプレイしたのがきっかけなんだ。(アコースティックの)そぎ落としたアルバムをやってみたいと思っていたんだ。私の声は(音域が)限られるけれど、適切な音符なら大丈夫だ。"All About Eve" や "Dyin' Day" のようなメロディックな創りの曲が好みなら、このアルバムが気に入るだろう。

曲はできており、レコーディングもほぼ済ませた。アコースティックの演奏は自分が思ったよりも難しかったよ。別にテクニカルなプレイはないのだが、アルバムのプレイで手をやってしまった。親指をとても変わったポジションに置いていて、あるコードを長い間押さえて瞑想していたんだ。これは厳しいポジションだとは思っていたのだが、プレイして20分もたった頃、「うわぁ!」となってしまったんだ。ばね指(訳者注:指を曲げる腱が炎症を起こし、痛みなどを生じた状態)になってしまったのさ。手術することになってしまったが、とても単純で治せるものだ。ただ暫くはプレイできない。

とにかく、アコースティックでのプレイは(エレキとは)全く違うものだった。頭の中のサウンドを再現するのは難しかったよ。使ったのは7弦と12弦アコースティック、ポール・リード・スミスが創って贈ってくれた美しい6弦アコースティックも弾いている。お気に入りの Taylor アコースティックも弾いたし、Ibanez も数本使った。

このアルバムのミックスが終わったら、次にこの前のツアーから Generation Axe のライブアルバムをミックスする予定だ。それが終われば、インストのソロアルバムの制作にとりかかる。

それから、2021年9月にリオでのコンサートがありますね。Living Color との共演で。

(訳者注:2021年9月の Rock In Rio は先週キャンセルが発表されました)

ああ、とても楽しみにしているんだ。彼らとは Experience Hendrix ツアーでプレイした。私がプレイしたバンドに彼らがいたんだ。素晴らしかったよ、いい友人なんだ。皆が素晴らしいミュージシャンだから良いものになるだろう。

では最後の質問です。多くのギタープレイヤーがクレイジーだと思っていることは何だと思いますか?つまり、あなたは知っていて皆が知らないこと、もしかすると厳しい現実かも知れませんが。楽器に対する誤解とか。

ギターとは無限の創造性を秘めた楽器なんだ。もしアイデアが尽きてしまったと思うときがきたら、それは「宇宙には限りがある」と言うのと同じだ。無限に有限があると言うことだ。私が言いたのはそこだよ、ギターとは無限の創造性と表現力を持つ楽器なのだ。

今日はありがとうございました。

ありがとう。君はいい仕事をしているね。君のチャンネルのコメントを読んだけれど、厳しくて正直で君を慕っているフォロワーたちだ。君のような仕事が私たちのコミュニティに必要だよ。この調子で続けてくれ。必要があればいつでも私を頼ってくれ。

ありがとうございます!(感激)

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ヴァイ先生がすっかりインタビューを楽しんで、番組をサポートする発言まであり、微笑ましいエンディングでした。和訳では割愛しましたが、インタビュー途中でヴァイ先生の Under It All ライブストリーミング・シリーズの話題にいくつか触れていました。

当方のブログでもこのシリーズを取り上げ、全7話の和訳があります。13時間に及ぶVAI説法の世界をこちらでどうぞ。

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なお、ヴァイ先生は4月からウェブ上のプラットフォーム Patreon に登場します!
月額5ドルの会員制で様々なコンテンツが公開されていく模様。Q&Aやリスニングパーティやインタビュー他、これは楽しみですね!

スティーブ・ヴァイ Part 1 「私がギターを弾き続けてきた原動力」

スティーブ・ヴァイが人気のギタリスト向け番組 Guitar Villains に登場しました。この番組には昨年ジョー・サトリアーニも登場して深い会話をしていました。

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インタビュアーがかなりのヴァイファンでギタヲタのため、楽曲についての深い質問もあり、なかなか興味深い話が聞けました。長いインタビューのため、一部概要を和訳してみました。今週は Part 1です。

 

 

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あなたの "Candle Power" でみせたジョイント・シフティングのテクニックと同様に難しくて、かつ全く異なるテクニックということでは…

"Gravity Storm" かな?

あれも驚きのテクニックでしたが、僕が思ったのは "We Are One" のソロです。全ての音符があなたのアーム使いのコントロールによって操られていました。僕はあれがあなたのソロ最高傑作だと思います。全ての音符が完璧にアーム演奏されていました。とてつもなく難しいテクニックです。音符のベンドがミクロの単位で操られていて、かつ曲としての美しい流れがあります。

嬉しいよ、実は私にとってもあれは自分の最高のソロの1つだ。私の能力のイノベーションを含んだ演奏だよ。私の能力には限界があるからね。自分の頭に聴こえる音楽、それを実際に演奏しようとしてみて、これは思ったよりもずっと難しいと思ったのだ。だから真剣に練習しなければならなかった。

あれを創り出す感覚は最高だったよ、2ndソロは全てをアームで弾いている。アーム操作によって全くのエイリアンのようなサウンドに仕上げた。とても難しかったよ、イントネーションは最高とは言えないが、及第点だろう。サウンドが波のように上下する、ここは全部ダブルストップなんだ。音符が着地して解決する、そこから更に次の音符へ、左手で演奏しながら、アームを引くんだ。アームを引き上げながら音符を操作する。聴いて面白いサウンドを創造できると確信していたんだ。

これこそ私がギターを弾き続けてきた原動力なんだ。自分の創造的可能性を実行するということだ。それを楽しむこと、それこそが真の成功なんだ。だからあの曲は私にとって最高の成功だよ。世界的な成功というものはいいものだろう、しかし愛情をもって行ったことの結果は、君の情熱がどのような分野のことであっても素晴らしいのだよ。

 

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映画『クロスロード』のジャック・バトラーでは悪役(Villain)を演じたあなたですが、あの役はあなたとキース・リチャーズフランク・ザッパスティーヴィー・レイ・ヴォーンが候補に挙がっていて、あなたに決定したそうですね。

そのことは知らなかったよ。スティーヴィー・レイ・ヴォーンがインタビューで話していたので、彼が候補だったことは知っているけれど。

あなたの使用しているピックのゲージ、ギター弦のゲージは?また、今一番気に入っているギターとアンプとエフェクターペダルは?

ピックはわからない。弦は9-42、ギターは最新のPIA Onyx Black、アンプは Synergy の私のモジュールだ。エフェクターペダルはもう余り使わないのだよ。そうだな、こう言っておこう。35年前に日本の職人がカスタムで作ってくれたSobbat」で(訳者注:京都のハンドメイドエフェクターメーカーと判明しました。Bella Voce Gibson さん、情報ありがとうございます!)フェイザーフランジャーの中間みたいなものだ。でも音符をゴリ押ししない、音のクオリティや深みの面でずっと私のお気に入りなんだ。

次は曲名当てクイズです、(曲を流す)

これは簡単だ "Bad Horsie"。

そうです。ここでお訊きしたいのですが、あなたのプレイで同じフレーズのときに、最初はピッキングハーモニクスを使い、次はまた違うプレイをしています。これは意図的なのだと思いますし、多くのギタリストはどうしたらあの音が出せるのかと思っています。でもあなたは機材が変わってもあなたのサウンドがしますし、結局は手がどう弦を弾くのかにかかっているのだと思うのです。

そうだね、こういうのは内面の働きだ。自分の人格や感情の大小が、肉体を通じてギターで表現されているのだ。身体が音を弾いているのだが、その原因である意図は頭にある。パフォーマンスにおける意図とはどこにフォーカスするかだ。プレイと自分が一体となっているか、自分が音符の一部となっているか。または雑念にのまれ、恐れを抱いているか。自分と楽器との繋がりが生まれた状態では、そのようなサウンドのニュアンスは自然と生まれるものだ。これは私の場合のことで、人によってその発生の仕方は違うのだろう。

次はこの曲です。(曲を流す)

"Windows To The Soul" だな。

僕はあなたの音楽が好きで沢山聴いていますが、この曲は最もテクニックを要求する曲だと思います。

ああそうだ、この曲は最も演奏が難しい曲の1つだ。こういう曲をレコーディングするとき、私は単に録音ボタンを押して弾く訳ではない。 "We Are One" もそうだが、イメージするのに多くの時間をかける。頭の中でパッセージを聴きながら何度も辿るんだ。少しずつ手を加えて、完全に自分の言葉となるまで、考える必要のなくなるまで準備する。ソロをワンテイクで録るような曲ではない。少しずつ録音してキープしたり、手を加えたり、やり直したり。それらが音楽として聴こえるまで、全ての細かなニュアンスが美しく表れるように。

私はギターに夢中な人間なんだ。スティーブ・ヴァイのファンのように語るけれど、ギタープレイを解剖して見ていくと、あの曲には本当に心を動かされるのだ。自分の曲に感動する、それで構わないのさ。

変拍子を自然に演奏することに凝っていた時期があってね、"Windows To The Soul" は 11/8拍子か11/16拍子だ。それは捉え方による。このような変拍子の上で演奏して自然に流れるようにするには、フレージングにしても定番の4/4拍子とは全くの別物になる。だからこの曲の私のソロは気に入っているんだ。

次はこの曲です。(曲を流す)

"Tender Surrender" だな。この曲と "Windows To The Soul" には大きな違いがある。この曲はシンプルな4/4拍子で、私が音楽に求める深さは余り無い。

この2曲には類似点はありますが、僕は "Windows To The Soul" は最もメロディックな曲だと思います。その一方で最もテクニカルな曲でもあります。通常はこの2つの要素は共存しません。また、"Tender Surrender" は "For The Love Of God" と並んで、最もアイコニックなスティーブ・ヴァイ曲です。作曲時にはどれくらい音楽理論に基づき、一方では自分の頭に聴こえる音楽に従うのでしょうか?

それは答えるのが難しい質問だな。なぜならその2つは共に作用するからだ。私は音楽理論を学んでいたから、耳に聴こえるものをどうすればいいのかはわかる。そして理論に基づいたコンセプトで何をどう作成すべきかもわかる。

しかし、"Tender Surrender" のような曲では意図的な音楽理論に基づいた思考は入れていない。理論に従うのではなく、頭にある音楽を聴けと促されるんだ。それがあれば十分だ。もし作曲家になりたくて、音楽の言語を操りたいということはもちろん良いことだ。ジャズの演奏やいろいろな場面でとても役に立つ。その一方で、それが邪魔になる人もいる。究極のところ、自分の内面から聴こえる音楽が創造的創作の源泉だ。

(Part 2 へ続く)

スティーブ・ヴァイ 「私はすっかり音楽理論を敬愛し、それをギタープレイや作曲に応用していた」

スティーブ・ヴァイが今年のオンラインNAMMのイベントに登場した時のビデオが公開されました。Vaideology の出版元である Hal Leonard の主催イベントで Vaideology の制作背景を語るとともに、視聴者からの質問に答えました。

これを読む方は Vaideology の購入者が多いと思いますが、先生が音楽理論を学んだ過程について語っているところは興味深いと思います。会話の概要を和訳しました。

 

 

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私は子供の頃から音楽理論に魅了されていてね、音符が好きだったのさ。音楽という言語は美しくて興味深いものだった。この言語を知ることで、他の何もできないような大きな創造性の扉が開くと直感でわかっていたのだ。私には自然でオーガニックなことだと思えた。手書きの譜面は私にとってしっくりと理解できる数少ないものの1つだった。

世の中には音楽的才能がありながらも、音楽理論に惹かれない人はたくさんいる。それは構わないんだ。音楽理論を学ばなくても有能なミュージシャンとなることは可能だ。なぜならミュージシャンとしての能力は学問的知識とは別のところ、君自身のユニークな想像力からくるからだ。

しかし、音楽理論を学ぶことで音楽的ボキャブラリーを身に付けることができるし、他のミュージシャンとの意思疎通に役立ったり、楽器を理解し、即興能力を身に付けることができる。作曲能力にも役立つし、作曲するならある程度の音楽理論を知らねばならないだろう。

私は幸運なことに7年生(日本でいえば中学生)のときに音楽理論のクラスを受講する機会を得た。ビル・ウェスコット先生の授業だ。彼は学識の深い人物で、まあクレイジーだったのさ。カールプレイス高校の教師で、7年生に受講を許可してくれたんだ。その授業こそが私が学校に通った真の理由さ。

彼は私に音楽理論の全てを教えてくれた。作曲を学んで私はクラシック音楽に傾倒し自分でも作曲を始めた。実際のところ、私に与えられた課題は毎日、自分で書いた譜面を提出することだった。コード記号とメロディだけでなく、完全に作曲されたものでなくてはならなかった。大好きな課題だったよ、今でもその譜面を全て保存してある。彼はそれをピアノで演奏してくれたから、私は自分の耳で聴くことができたのだ。それこそが上達または自分の作品を批評する最適な方法だ。なぜなら、作曲時には頭の中で想像して楽器で音楽に肉付けをしているだけで、実際に音で聴くことで初めて文脈としてその音楽が何を表現しているのかを知るのだ。そして自分の想像力がどのように音楽言語に翻訳されたかを理解する。

そうして私は夢中になったのだ。信じられなかったよ、小さな黒い点を書き連ねることで人がそれを見て演奏できるんだ。その結果、私は初めてのオーケストラ曲を書き上げたのだ。興味深いことに同じ頃、私はギターを弾き始めたのだが、音楽理論をギターに応用できないでいた。Led Zeppelin をプレイするのにその必要を感じなかった。もちろん、最小限は音符を学ぶのに必要だったろう、しかしウェスコット先生が教えていた重層な音楽理論とギタープレイの接点は考えられなかった。

だが、私にあったもう1つのアドバンテージは、ジョー・サトリアーニと同じ町で育ったことだ。彼は私の4歳年上で、彼もウェスコット先生の授業を取っていた。ジョーは昔から頭が良いから、音楽理論とギタープレイを結び付けて理解していた。だからジョーのギターレッスンのおかげで私もそれを理解することができた。

そして私はバークリーに入学すると、それらの教えに磨きをかけることができた。なぜならウェスコット先生からはクラシックを学んでいたのだが、バークリーでは一層ジャズに触れるようになったからだ。私はすっかり音楽理論を敬愛し、それをギタープレイや作曲に応用していた。それに教えることも好きだったんだ。継続して教えていたよ、高校でも教えたし、自分がカレッジから中退した後にカレッジでも教えていた。メインでやっていた訳ではなかったが、教えるのは大好きだったのさ。生徒が(頭の中で理論とギタープレイの繋がりを)理解して「そういうことか!」という表情をするのを見るのが好きなんだ。

音楽理論のコンセプトとその適用は私が魅了されるものの上位なんだよ。教えるのが好きだから、いつか本を書こうと思っていた。本か、何かオンラインで体験できるもの。ギタープレイヤーが知るべき基本的事柄と私が思う知識を学べるカリキュラムだ。そこである年のヴァイ・アカデミーではテーマに音楽理論を取り上げた。そこで生徒のためにPDFのテキストを書いたのだ。急いで仕上げたもので、完全ではなかったのだが、後からこれに手を加えて生徒たちに送った。私が知る全ての音楽理論を記したもので、ギターへの適用法も含めた。

音楽理論に恐れを抱いている若いギタープレイヤーに理解できる形にして、彼らのギタープレイに役立ちたかった。私がやろうとしたのは(基礎から)順番に並べて理解できるものにすることだ。何かを学ぼうとして本を買って読み始め、理解されているという前提で用語が出てくることほどイライラすることはない。しかも本の残りはそれらの用語で書かれているんだ。半分ほど読み進めるともはや何のことについて書かれているのかわからなくなっている。まあこれは君たちに起こったことではないかも知れないが、私には起こったのさ。私の記憶力は良いけど短いからね。もうこのジョークはやめておくよ。(笑)

とにかく、私はこの本を基礎から並べ、簡単に理解しやすく、そしてギタープレイヤーが利用できるものにしようとしたのだ。それから、多くのギタープレーヤーが音楽理論に気後れしているのにも気付いていた。そんな必要はないのだと言いたい。心から言っているのだよ、私にできるのなら君にもできる。私は平均的な生徒だったんだからね。それでも理解し、楽しみ、活用したんだ。大したことではない、恐れる必要などないのだ。理解したらボスになった気分になれる。気分のいいものだ。

Vaideology には基礎的な事柄から上級者向けの内容まである。しかし自分で興味を持てなかったらそこまでやらなくてもいい。私はこの本を楽しんで書いた。本の中の図表も全て私が書いたものだ。とても楽しんで書いたから、読者にとって役に立つものであると確信している。

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ここで視聴者の質問を取り上げます。あなたが採譜して最も感動した曲は?また採譜作業のインスピレーションを教えてください。

フランク・ザッパとの出会い、"Black Page" の採譜についての話は過去記事にまとまっていますので、以下の記事を参照のこと。)

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フランクとツアーしレコーディングして仕事をしていく中で私に課せられたもう1つの仕事はフランクの楽曲全てをリードシートに起こし、著作権を登録するためにワシントンへ送ることだった。殆どの楽曲が手つかずになっていたので、多大な時間をかけてリードシートを起こしたよ。フランクとバンドのライブアルバム『Roxy & Elsewhere』なんかはアルバム全ての音符を採譜した。凄く楽しかったよ。その後、他の採譜の仕事もしたんだ。アラン・ホールズワースや Dixie Dregs の採譜は覚えている。

実験と練習やプロジェクトの実行に充てる時間はどれくらいの割合ですか?

イデアを練るときには自分が無限だと考えるようにしている。そして想像し、ヴィジュアルを想い描くんだ。ヴィジュアル化するということはとても強力で、それがアイデアを明確化する第一歩なんだ。大切なことは自分で可能だと思うこと。そしてそれに着手したなら、諦めない限り失敗することなどない。まあ、諦めて止めてしまうこともあるが、自分の中での熱中度合いが高いとき、挑戦する自分を止めるものなど何もないはずだ。

情熱がそこにあるとき、自分の目的追求に役立つパーツの全ては君のレーダーの範囲に入るだろう。それらは常にそこにあったのだが、「できない」と思い込むことによって私たちはその存在をブロックしてしまう傾向がある。自分にその価値がないとか、そんなことは不可能だと思ってしまうのだ。

誰もが独自の創造性を持っている。君自身の人格から生まれる本物の独自性であり、それが自分であることを楽しめる元なのだ、本来の自分自身さ。その状態であれば、君が創作する物は独自のものだ。この世界にはそれが必要なのだよ。君が歓びを持って独自の創造性を発揮することが成功なのだ。それが達成感をもたらす。

私のキャリアを知っている人なら風変りな楽曲や私がステージで変な顔をしたり踊ったりするのを知っているだろう。人にはエキセントリックだと言われたりした、自分ではわからないけどね。それらのことで随分と批判を浴びたこともあった。でも本来の自分を変えることはできないのだよ、それに全ての人を喜ばせることなどできない。まずは自分を満足させることだ。そうすることで自然と自分に合った観客を引き寄せることになる。プリンスやデヴィッド・ボウイを見てごらん。

ちなみに今こんな状態なのは右肩(手?)の手術をしたからなんだが、右手が使えないので、左手だけで弾いているうちに1曲書き上げたよ。(訳者注:右手が使えないときに左手を使い過ぎて左手を痛め、最近の写真では左手に包帯を巻いているようです)

歳をとってからギターを始めた者にアドバイスをお願いします。

大きな期待を持たずに楽しむことだ。そして自分が本当にやりたい音楽は何か考えてごらん。そして楽器を演奏する者にとって達成感を味わえるのは曲を最初から終りまで弾けて、それがきちんと曲に聴こえることだ。どんな曲でもいい、毎日少しずつ覚えて1曲弾けるようにしよう。ゆっくりから始めてスピードを上げていこう。

私のおすすめはそれを自分で録音して聴いて批評して何度もプレイするというものだ。何度も録音しては練習しよう。そうしてもはや何も考えずに弾けるところまできたら、そこが曲として聞こえる段階の最初の入口だ。そこまできたら、自分の演奏に感情を込められるようになる。既に肉体的な困難を乗り越えた演奏は、感情を込めることで更に良いものになる。ここから夢中になっていくのだ、自分が音符になるのだよ。

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先生の「君にもできる」発言、Vaideology に挫折した私は頭を垂れるばかりでした。(涙)
でも、以前見ていたニタ・ストラウスのインタビューで、彼女も Vaideology を心待ちにし、発売日に購入して読み始め、途中で挫折した話をしていたので、プロフェッショナルでも挫折するんだと何だか嬉しかったのでした。