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Green (@ribbon_bear) が毎週好きな音楽ネタを語ります! Since 2011

ロン・"バンブルフット"・サール Part 1 「メタル/ロック音楽というのは世界共通で、同じスピリット、同じ愛を持っている」

ロン・"バンブルフット"・サールが Everyone Loves Guitar のインタビューに応えました。2時間に及ぶスカイプ・チャットは様々な方面に話題が及び、なかなかに興味深く、ロンさんの人柄が感じられるものでした。

長いトークの中から一部概要を和訳してみました。

 

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君の多彩な経歴の中に「写真を教えた」とありますが、写真をかい?

ああ。Photoshop よりも前の時代のリアルな写真の時代にね。高校の写真クラスで教えていたよ。一眼レフカメラの扱い方とか。

驚いたな。インタビュー前のやりとりをしていて感銘を受けたのだけど、君のハードな勤労倫理というのはどこからきているの?

僕は幼い頃から変わっていて、楽器プレイをしながら、奥では百科事典を読んでいる子供だった。学ぶことが大好きだった。そして教えてくれた人へのお返しとしては学んだことを他の人へシェアすることだ。音楽でも知識でも、誰かから教わってそれが自分のDNAとなって成長でき、その知識をまた人に教えていけば大きな知の成長サイクルができる。

現実世界では人間を分断するものは沢山あるよね、レッテルを貼り区別する。でも音楽はそれを超越してしまうんだ。完璧な例がある。僕が以前バーレーンのバイカーフェスティバルに出たときだ。沢山のサウジ・アラビア人が騒いで楽しんでいたよ。そこで僕はクラウド・サーフィンをやったんだ。想像してみてよ、ブルックリン出身のユダヤ人が山ほどロック曲を演奏してサウジ・アラビア人とクラウド・サーフィンしてるんだよ。こんなことが音楽でなければどうやって起こり得るだろう?僕は世界中のあらゆるところへ行った。君がニュースを見れば日々(国際)問題が告げられるだろうけれど、現地では違った。

僕はパキスタンイスラマバードでもプレイした。そこでは沢山の長髪の少年たちが Metallica と Iron Maiden をプレイしていたし、沢山のクールなメタルバンドや優れたミュージシャンがいてジャムをした。もちろん、危険な地域は実際に多くあった。僕はおとぎ話の理想郷を語るつもりはない。でも彼らと直に知り合って感じるんだ。特にメタル、そしてロック音楽というのは世界共通で、僕らは同じ種の人間で、同じスピリット、同じ愛を持っている。(出身が)どこの国かなんて関係ない。

僕は以前、イスラエルの南部砂漠地帯のバンドをプロデュースしたのだけど、(アメリカの友人たちには)頭上をミサイルが飛び交っているのか質問された。そうじゃない。パレスチナ人とユダヤ人とベドウィン人(アラブ系民族)は協調して生活している。そこは彼らの故郷なんだから互いに戦いたくなんてない。上手く共存しているんだ。そこに利権を求めて他から来た者がその調和を乱すような介入を起こすのさ。実際にはそれが起こっているんだ、TVでは我々がお互いにどんな者なのかを疑心暗鬼にさせようとしている。ありもしない分断や敵対者を創り上げようとしているのさ。

だけど僕は実際に世界を周って彼らを見てきた。実際のところ世界にいるのは、Metallica Tシャツを着て Iron Maiden を弾いてる沢山の長髪少年なんだ。だから僕はまだ世界は破綻を迎えてはいないと思うし、信じられるんだ。なぜなら、恐れという感情は人々を意図的な方向へ向かわせる強力な武器だ。僕らはそれに何度も操られてきた。それはそっとやってきて、僕らは気付くこともないんだ。僕はここで陰謀説とかそういう話をするつもりはないから止めておこう。とにかく、世界には音楽を愛する人が溢れていて、みんなギターが大好きなのさ!

その通りなのかも。

僕はNYで育ったから、多くの人種・文化に触れつつ成長できたのは素晴らしかったよ。民族が違って唯一の違いというのはキッチンでする匂いが違う(料理が違う)ということくらいさ。移民が脅威になるとかそんなのは違う。世界を旅するというのは人生においてとても重要な教えが得られると思う。

僕が初めてアラブに行ったときは、皆が武装しているのかと思っていた。でも実際には素晴らしいもてなしをしてくれて、親切さに驚くほどさ。僕は何も知らない人たちに対して何という誤った思い込みをしていたのかと気付いた。相手について無知であるほど、厳しい意見を持つものさ。全てそういうものなのさ、実際に経験をするまで。知らない人を批判するのではなく、実際に知り合うことだ。

あなたの音楽活動での最初のブレイクというのは何だったのでしょうか?

それは難しい質問だな。多くの小さな事の積み重ねが次第に大きくなっていったのだから。30年の水面下での積み重ねがある日注目されたという感じだ。子供の頃から録音に興味を持っていて、機材を手に入れてからは友達のレコーディングを頼まれるようになった。

やがてソロを頼まれたり、プロデュースを頼まれたりと枝葉が増えていったんだよ。スタジオを持ち、エンジニアもやるようになった。そんな風に、自分のできることを人とシェアしていくと、どんどん枝が広がっていったんだ。プレイヤーとしてゲストソロを弾いたり、曲を書いたり、人と共作したりバンドを作ったり。

そのうちにインディペンデント映画で曲を使わせて欲しいと言われて、その分野にも入ることになった。そうやって広がるのさ、自分がこの世界と繋がりたいと思っている限り。

誰もが巨大なクモの巣上の点なんだ。それは世界を大きく包み込み、共に震え、動き、脈打っている。それが僕たちなんだ。誰もがその一部になるのさ、僕らは何かを創り上げるまで個人ごとの繋がりさえ知らないのかも知れない。

僕は自分の部屋で友達を教え始め、友人が楽器店を始めたので、そこで教えるようになった。そして何かの縁で音楽学校での教育に参加した。楽器店の生徒の親が私立校を運営していて、そこの音楽プログラムを頼まれたり。僕が20代の頃の話だよ。地元で始めたバンド活動が次第に大きくなっていったり。

6歳のときのバンドで僕は自分で紙吹雪を作って撒いたのだけど、36歳で初めて Guns N' Roses のコンサートに立って紙吹雪を浴びたときには、とても楽しくて笑顔になったよ。あれを全部自分で切らずに済んで良かったなって。(笑)

あらゆることが次の何かに結びつくんだ。それはハシゴを一段ずつ昇ることになる。ジャンプしてしまったら、自分に必要な大切な成長のステップを飛び越えてしまうことになる。一夜にしてブレイクはやってこない。一歩ずつ進んでいくのさ、鍵は辞めないことだよ。

自分が経験した何かは1つのブロックとなって1つ1つ積み上がり、それらが集まって今の自分自身を創るのさ。音楽とは自分が何者かということの真実が投影されたものだ。自分の経験や感情が詰まっていて、聴き手はそこから創り手がどんな人物なのかを感じ取る。

その通りだ。そこで訊きたいのだけど、君のアルバム『hands』の "hands" には強烈な歌詞があるね。あれはどんなことを歌ったのかい?

あれは、自分にクリエイティブ面の裁量権があまりないレコード契約のことで、僕には権利がなかったし、レーベルの創ろうとしていたブームに沿うことは僕には違和感があった。それで「ロン・サール」からニックネームなのかバンドネームなのか、「バンブルフット」として自分のレーベルで再出発した頃なんだ。

なるほど、良くわかったよ。"drunk" も興味深いね。

コントラストさ。音楽的にはバラードなんだけど、歌詞はキツイ内容だ。(ロンさん、歌いだす)声がイマイチでごめんよ、昨日はストーリー・テラーのショウをやったんだけど、1時間半予定のショウが楽しすぎて3時間歌ってしまったんだ。

『9.11』の"Raygun" "Hole In the Sky" もブルージーで好きだよ。

"Ray Gun" は僕のフレットレスでその音が出せるぞって楽しんで創ったよ。でも隠れた意味としてはセックスのことさ。最後のソロはその場での思い付きだった。

"Don Pardo Pimpwagon" も凄いね。これはドン・パルド(アメリカ人アナウンサー)へのオマージュとか?

ああ、僕の声は彼に似ているから。60年代の影響がある曲さ。クインシー・ジョーンズがジャズを取り入れたりしてたよね。フルートのように聴こえる音があるけど、全てはギター・シンセだよ。しかもライブで切り替えながら全部自分でプレイした。

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君の音楽経験でのトップ3を挙げるとしたら何?

難しい質問だな、沢山あるから。何かの瞬間ということではないけれど、僕がまだ音楽をやっていられて、それを楽しんでいること。それを聴き手の皆も楽しんでくれていたら、それが最高のことかな。

ある瞬間ということで言えば、ツアーで燃え尽きてしまうことがあるのだけど、僕は元々は内向的な人間だから、多くの人に囲まれると多くのエネルギーを消費してしまうんだ。もちろん自分で楽しんでいるのだけど、終わって寝る頃には完全に疲れ果ててしまう。逆に20時間でも止めずに皆とプレイしたくもなるのだけど。

例えば10月のピッツバーグでのショウから毎日移動をしながらショウをやってドュバイに飛ぶ前に3日休めるはずだったんだけど、Sons of Apollo のニューアルバム用のビデオ・写真撮影で集まらなくちゃならなくて、結局、睡眠を諦めてロスへ往復するんだ。

体調管理が大変ですね。

うん。糖分を取らないようにしているよ。砂糖は白い悪魔なんだ。糖分を採らなければ身体のエネルギー・レベルを一定に保つことができる。それに断食もいいよ。断食で感覚が鋭くなるし、体内が浄化される。僕は間欠的に断食をして糖分を採らない。

食品が体調の8割を決めるんだ。大企業が食品を扱う前、曾祖父母の時代は食品が薬でもあった。彼らの時代のような食事をすることだ。僕は自分よりも良い生涯をすごした食品(例:放し飼いにされ牧草を食べて育った牛など)を食べたい。

(Part 2 に続く)

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ロンさんの世界観、そしてキャリア構築のアドバイスは心に響くものがありました。

来年発売される Sons of Apollo のニューアルバムのプロモーション写真で見られるロンさんは長旅直後の徹夜明け状態ということですね、お疲れ様でした。ニューアルバムが楽しみです。

スティーブ・ヴァイ Part 2「そこに何か特別のものを感じなくてはならない」

先週に引き続き Sweetwater Gear Festival に出演した際に収録されたインタビュー動画の和訳です。後半ではヴァイ・バンドのメンバー達についてヴァイ先生のコメントがあり、興味深いです。

このフェスティバルで録画された動画があと2本あるのですが、下の動画はギターについてのトーク。ヴァイ先生が2020年のNAMMでJEMに何かが起こると話していました。ワクワクします!

 

 

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 (part 1 の続き)

さてそこで、君のユニークで創造的な才能に辿り着くには障害があると気付くだろう。その障害というのは、多くの人が思うように外界の障害ではないんだ。自分にはギアがない、まとまった金がない、あの人に選ばれない、といった否定的な考えはまやかしでしかない。自分自身のユニークで創造的な潜在能力を見つけるのに障害となるのは自分の頭の中の思考なんだ。不安や恐怖の感情だ。それらは状況を悪化させてしまう。そのような思考は健全な創造性を破壊するだけだ。

まずは自分で認識することが必要だ。そのような思考は自分の健全な創造性を破壊するだけだと。自分で自分の思考に対して疑問を持つことだ、これは生産的だろうかと。これは自分の気分を良くするだろうか、価値のある貢献に繋がるのだろうか、それとも他者と隔離する、恐怖に基づいたものだろうか、自分と他者の間に壁を創っているのだろうか。そういったことを認識することが必要なんだ。

そして、純粋にプレイしたいと思うこと。そのときに、君の内なる扉が開くのだよ。自分の欲求する感覚に近づくことで、それまでの雑音を認識することができ、そうすれば、選択することができる。それらの雑念を受け入れずにいられるのだ。それが開放だ。それは自分で何もする必要がない、自然にやってくるのだ。

それが偉大なミュージシャンとそれほどのレベルではなかったミュージシャンを分けたものでしょうか?

ああ。私がフランク・ザッパと同じ部屋にいたときの感覚だ。彼にはある意味、限界などなかった。彼の創造性には「ノー」の文字はなかった。良いと思ったら彼はやるだけだ。私がこれまでに仕事をしてきた人の多くもそうだった。例えばデイヴ・ロスはフランクといい対照になる。デイヴは非常に優れたパフォーマーで、強固な自信に溢れていた。あれがいわば彼の創造的表現だったのさ。

新鮮で新しく独創的で興味深くエンタメ性があるものを創造した人々、彼らはそのヴィジョンを確信しており、先入観なく、一切の言い訳なしにやったのだ。

それは実は誰にも可能なのだよ。ここで楽器演奏に惹かれた人がいるとしよう。名手になれるような道具がなく、例えば音痴だったとしよう。これはよくあることだ。ギターソロがモールス信号の羅列ように聞こえる人はよくいるだろう。でも彼らは他のことには反応できるんだ。ビートやグルーヴや曲の雰囲気などには。人の耳の聞こえ方はわからないものなんだ。それでも彼らが演奏を楽しめればそれでいいのだよ。その楽しみは演奏力のレベルと同期するんだ。

あなたが共演するミュージシャンを選ぶとき、何をポイントに選ぶのですか?

様々な要因があるね。1つは人柄が楽しいこと。私がミュージシャンを見る目は年月を経て変わった。何しろ私は40年もツアーしてきたからね。ツアーというのは人生の一部なんだよ。しかし、たった1つ(困った人間がいること)で全てが台無しになってしまう。だからこの10年15年を振り返ると、私はもうそういうことには耐えられないんだ。気のいい奴らとツアーに出て楽しいときを過ごす方がずっといいからね。

私がまず1つ目に求めたいのは、いいユーモアのセンスがあること。人柄が楽しく大らかであること。もちろん特定の分野における才能がなければいけない。その音楽との共感が持てることも必要だ。熱心で能力があり、成長したいという意思があること。

私のドラマーのジェイミー・コールソンと初めて会ったとき、彼はまだ若く、パンク小僧だったよ。彼はパンクのプレイヤーであまり音楽表現が豊かではなかった。彼のプレイはパワフルで真剣でタイム感がとても良かった。でも私が5連符をやってくれと言ったり、スローなバラードでゆったりプレイしろと言ったりすると、それは彼の守備範囲外だった。でも彼はそれら全てを学びたいととても熱心だったのだ。今では私は彼とならどんな曲でもプレイできる。年月を経て、彼は実に成長したんだ。そういう鍛錬できる人物と仕事をしたいと思う。

デイヴ・ウィナーもそうなんだが、彼は根っからのギターファンなんだよ。彼は素晴らしい。良き友であり、尊敬に値するプレイヤーだ。彼は音楽にとても敬意を払う人間で、優れた記憶力を持っている。

マイク・ケネリーは怪物だよ。私には不可能なことができてしまう、ギターとキーボードを同時に弾いたり。彼がやっていることはわかるんだが、私にはできないことだ。彼はいつも「もちろんできるよ、どうして欲しい?」という具合に何でもできるのさ。

ミュージシャンの条件としてはしっかり聴くことが大切だ。お互いにしっかりと相手の音を聴いて共振していなければ気持ちの良い音楽などできないのだよ。

その点において私のバンドでキーになっているのがフィリップ・バイノーだ。彼には絶対音感がある、私がどんなプレイをしようとも、彼は常にそこにいて、しっかり聴いて私のプレイの土台を創っているんだ。それはあまりに完璧で、私が外で誰かとプレイするまで気付かないくらいなんだ。

人にはそれぞれの才能があるが、ビリー・シーンにも別の才能がある。私からある技能を引き出してくれた。もし彼がいなかったら私にはあれらのプレイはできなかったかも知れない。

最近、私は若くて才能に溢れたジェイコブ・コリアーに出会ったのだが、彼の驚異的な創造性には感心するばかりだ。彼が私に1曲送ってくれて、何かできないかということだったのだが、全く異世界の音楽で創造性がとてつもないんだ。それに触発されて、私は別の世界に行くことができる。私の音楽は彼のとは違っているから、自分のことはできないからね。

それからもう1人。Dirty Loops のジョナ・ニルソンJonah Nilsson)が私に曲を送ってくれたんだ。私はいつも多くの人から曲を送られるのだけど、(私がそれに共感するには)そこに何か特別のものを感じなくてはならない。それが私を動かすのだ。善意だけではやれない、私も忙しいからね。

ジェイコブやジョナのような人物は音楽創造の知覚における革新をもたらすパラダイム・シフトなんだ。そう考えている。

あなたは多忙ですが、新しいアルバムは期待できますか?

そう願うよ。ニューアルバムに取り組んでもう…恥ずかしいからやめておこう。私の頭には多くのアイデアが図書館のように収蔵されているんだ。技術的なこともあって、何年もそれに取り組んでいるが、大変な練習が必要だ。いつも時間ができれば何とかしてあのリフに取り組むぞと考えているんだ。

今回、ニューアルバムに取り組んで、アイデアを確認していたら、何てことだ、これは大変な練習が必要だ!となったのさ。今は様々な予定を書きだして整理しているんだ。これらの予定をこなして家に帰ったら、自分のアイデアに向き合い、ニューアルバムに取り組むつもりだ。ギタープレイに大きく比重を置いたものになるだろう。

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ヴァイ先生がジョナ・ニルソンの音楽に参加するとは初めて知りました。次世代のミュージシャンとの交流も広がっていますね。残念なことは、ニューアルバムの制作があまり進んでいなさそうなこと。ええ、待ちますよ、いつまででも。(涙)

 

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スティーブ・ヴァイ Part 1「メロディとの繋がりとは自分の内側から自然と湧き上がるもの」

10月17日に「ヴァイデオロジー ギタリストのための初級音楽理論」(日本語翻訳版)が発売されたヴァイ先生ですが、今年の6月に Sweetwater Gear Festival に出演した際に収録されたインタビュー動画がこれまでに3本公開されています。マスタークラス前日に収録されたインタビュー2本と当日のセッション&トーク動画です。

その中から、ミッチ・ギャラガー氏との興味深い会話が聞ける動画を取り上げます。

 

 

「いつもインタビューで訊かれる典型的なことを訊いたら罰金5ドル」という冗談で始まったインタビューは半ばから一気にディープな方向へ。今回も深く難解で有難い説法が聞けましたので、一部概要を和訳してみました。

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ギアのセットアップをしている時のあなたの試奏を聴いたのですが、11th コード、sus コード、#11th などトーンとして曖昧な好みの傾向がありますね、メジャーでなく必ずしもマイナーでなく。あなたがあのようなハーモニクスを好む理由は?

抽象的なものに親近感を覚えるんだ。私は単に手探りで弾いているんだよ。私の耳に行き先を任せているんだ。もちろん、私にはある傾向があるね。意外かも知れないが私は何もかもブルース・スケールをベースにしているんだ。でも何が起こるかはわからない、どんな展開もあり得る。まあ、私は余り考え過ぎないようにしている。

では、ソロのプレイではモードが頭にありますか、コード・トーン、スケールを考えていますか?

何が頭に浮かんでくるかに寄るな、それに誰と弾いているか等。コードは核となる。私は実験的なジャズ・タイプのプレイヤーじゃない。メジャーコードが聞こえたとしたら、明らかに使える音は沢山ある、1st、3rd、5th を使う限りは大抵。それにコード構成音についてもいろいろ使えるね。でも私は通常、即興でそういうプレイはしないんだ。

ギターは私の中にそういう風には図表化されていないんだ。私はいまだにスケール練習とかスケールに深く根差したプレイというのには抵抗しているんだ。もちろん私が初心者の頃はスケール練習をした。けれど、よし、このコードは知っている、だからこのスケールは弾けるからこれを弾こうという風には考えないんだ。それではメロディとの繋がりを失ってしまう。その繋がりとは自分の内側から自然と湧き上がるものなんだ。

もちろん理論を知っていることはいいことだが、私が勧めたいのは、耳が重要だということだ。ある種、諸刃の剣ではあるのだが、説明しよう。

 

聴くのには2つの方法がある。私がパフォーマンスをするときにはそのバランスをとるようにしている。1つ目はパフォーマンスのその瞬間のサウンドを聴くということ。

ステージの音、他のミュージシャンの音、自分が何のキーにいるか、周囲のハーモニーの状態、そういった全てのことへ強力に聴覚を働かせる。そうしていれば聴覚の集中力を散漫にする思考が入り込む余地がなくなる。しっかり聞いていればメロディとの繋がりは乱れない。

もし思考が入り込んでしまったら、こんな雑音が聞こえるんだよ。「チクショウ、バンドは何を弾いてるんだ?うわー、彼は俺より上手いじゃやないか。あれはできない、でもこれはできるな。これキーは何だ?どうしようキーがわからない!この音でいけるか?うわ、ここはうるさいな。何で彼は俺よりも音がデカイんだ?」こんな風だ、自分の頭の中の雑音さ。

殆どの場合、皆は何が起こっているのか理解していない。自分が「今」を生きていないことに気付いていないのだよ。もし「今」を生きていることを認識しているのなら、さっきのような雑念は湧いてこない。集中して聴いていればそのような余地は生まれない。その状態のときこそ、十分な反応ができるのだ。

もう1つは、説明が難しいな。メロディが何を求めているのか、それを聴くことだ。これは楽しいのだよ、君は「今」に存在し、プレイした音がそれら自身に立ち返るかのような感覚だ。今に集中することで、自分で何かをしなくともそれら自身がメロディを紡いでいる。説明が難しいな。私は今それに挑戦しているのだよ。まだこれを習得した訳ではないんだ。

つまり、自分がどの成熟度にあるとしても、練習あるのみということさ。でもいいことだよ、音楽の人生というものは。そここそが自分の帰るべき場所。音楽環境の中で自分の「今」を生きるのだ。聴くこと、繋がること、そして(音楽とともに自然と)流れること、これは実に素晴らしい体験だ。

あなたの若い頃にも失敗への恐怖や世間に認知されるかという葛藤はあったのでしょうが、それら肩の荷を降ろして、どうやって先ほどの話の状態になれるのでしょうか?

自分のエゴを認識することだ。それなしでは単に無意識になるという言葉に過ぎない。頭の中で自分を苦しめるノイズというのは続くんだ。そういうものなんだよ。それらはもはや思考でさえない、人間一般の思考パターンなんだ。人間とはそのように育てられ、社会環境の中で洗脳され、その状態が続いているのだ。

自分のプレイの仕方、他人との関わり方、そういったことに対する頭の中のノイズを現実だと思ってしまう。自分のプレイする音にしっかりと繋がり、視野をクリアにする必要がある。私が音と言うのは、各自が持つ独自の創造的な声のことだ。これは誰もが持っているものだ。

以前にも言ったことがあるが、私はまだ1音としてジミ・ヘンドリックスと同じ音をプレイした者を見たことはない。つまり、誰もが異なっていて、誰もがユニークなんだ。それは大きなアドバンテージだ。そのことに気が付けば、誰もが独自の音楽を紡ぎだせるのだよ。実際に多くの人がそうしている。誰もがユニークなんだ、無条件反射的にね。

自分独自の美しき創造性を掘り下げるためには、心を開かなくてはならない。それはまるで勇気が必要なことのようだ。なぜなら、君のユニークな声は上手くフィットしないかも知れない。実際にそういうものなんだ。心を開くには勇気が要るものなのだよ。

そうするにはまず、強い欲求がなくてはならない。自分自身のユニークで創造的な潜在能力を見つけたいと強く願うのだ。それは燃え盛る欲求になる。それさえすればいいのだよ、それができれば後は自然と起こるだろう。

(Part 2 に続く) 

 

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ジョエル・ホークストラ 「優れた演奏家になることと素晴らしいキャリアを持つことは別のこと」

ジョエル・ホークストラ(Whitesnake)が、ライアン・ロキシー (Alice Cooper) のPodcastに登場しました。ロック界のレジェンド・バンドでギターを弾いているという立場の似た2人の会話はなかなかに興味深いものがありました。前半部分はジョエルの生い立ちから彼のキャリア前半の話なので割愛し(当ブログの過去記事参照)後半部分をまとめてみました。

スカイプでの通話は Whitesnake が欧州ツアー中だったようで、ジョエルはミラノの高級ホテルにいるようです。そんなハイソなホテルでも、マイケル・ジョーダンのジャージ姿でロビーをうろうろしていたようで…いかにもなアメリカンw。

延期されていた Whitesnake の来日公演が10月10日発表されました。2020年3月です。来年の彼らは日本公演後もツアーするようですね。

www.creativeman.co.jp

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RR:君と話していて思ったんだ、君のやってきた山のような仕事は全て、11歳で初めてギターを手に取ってこれだ!と思った君の夢を実現する一歩一歩のプロセスだった。そうして現実のキャリアを築いてきたんだ。

JH:そうだな、僕の夢というのは現実的だったと思う。プロのミュージシャンになるということだったから。それは決して豪邸に住んでスポーツカーを何台も所有して、なんてことじゃない。むしろ、家族を養って、別の仕事で収入を補わなくても生活していけるかってことだ。だから今僕の人生を振り返るとずっとギタープレイでやってこれたから、リッチになれたかということではないけれど、やり遂げたな、とは思うよ。

RR:俺はいつも言ってるんだ、自分でヨットを持つんじゃなくて、ヨットを持ってる友達を持つ方がいいんだよ。

JH:ああ、わかるよ。君のやってきたギグだと、行き先でVIP待遇を受けたことが沢山あるだろうね。だから自分のヨットを掃除しなくてもいいんだから、それがいいよ。

RR:Whitesnake のツアーはどうだい?特にレブ・ビーチ。彼は信じられないくらい話上手なんだよ。

JH:ああ、絶対聞かされるんだよね。でもレブは素晴らしいバンド仲間であり、優れたギター・プレイヤーだ。皆は彼が凄いリードギター・プレイヤーだと知っているだろうけど、実は素晴らしいリズムギター・プレイヤーでもあるんだ。Whitesnake にはクールなリフが沢山あるから、僕らは完璧に合わせてリズムプレイをするのを楽しんでる。

ロックライブでの派手なプレイに幻想を持った人もいるだろうけど、実際にはそんなのはショウの4%くらいで、後はリズムプレイなんだよ。(ライアン、ここで大きく頷く)

(ギグをやる上で)大切なことは時間を守ること、準備していくこと、付き合って気持ち良い人間であることさ。

優れた演奏家になることと素晴らしいキャリアを持つことは別のことで、そのバランスが大切なんだと思う。人生は才能を競うタレント・コンテストじゃないってことを理解すべきだ。常に人に敬意を持って接すること、演奏能力によって人間の価値を測ったり、そんなことはバカバカしいよ。

RR:ああ、君はプロとしてあるレベルのプレイを求められる。今、君が言ったのはプロのワーキング・ミュージシャンとしての定義だと思うよ。当然ながら楽器演奏ができなくちゃいけない。でも、時間通り現れて、他の人たちと時と場所に応じた付き合いができること。

JH:そうだね。君なら良くわかると思うのだけど、こうしてツアーに出ると、君はアリス・クーパーを代表することになるし、僕は今なら Whitesnake を代表することになる。僕の振る舞いや発する言葉はブランドを表すものになるんだ。それはデヴィッド・カヴァーデイルが40年かけて築いてきたものだ。

だからプロとしてそれにそぐわないことをしてブランドを傷つけるようなことはしてはいけないんだ。クルーに対する態度もそうだし、外の世界に対してポジティブな態度でいること、礼儀をわきまえ、感謝の気持ちを持ち、お互いに親切であること。ちょっと話が哲学めいてきちゃったけど、とにかく僕がツアーに出るときは、Whitesnake でも TSO でも Cher でも、そのブランドを代表しているんだ。

RR:ああ、レガシーを代表しているんだよ。

JH:そう。何をするにしても、それを肝に銘じておく必要がある。

RR:今年、ニューアルバム Flesh and Blood が出たけれど、レブとのプレイやプロダクションなんかはどうだった?

JH:デヴィッドの頭の中には Whitesnake のアルバムがどんなサウンドか、山のようなアイデアがあるんだ。それに皆はどの時代のサウンドか、メンバーは誰かってことに興味があるよね、そこはアリスと同じだ。そしてアルバムのサウンドを決めるのはデヴィッドさ。だから僕とレブの仕事はそれをサポートして貢献すること。デラックス・エディションで言うと僕は7曲で共作した。とは言え、メロディと歌詞は全てデヴィッドが書くのが Whitesnake だ。

だから、彼にこのサビを思い付いたよ、と言って歌ってそれが曲になるなんて事は無いんだ。僕らの仕事はデヴィッドが気持ちよく歌うための土台を提供することだ。リフだったり、コード進行だったり、彼をインスパイアできるもの。多くの場合、彼が既にサビのアイデアを持っていて、そこからどうするかということだった。彼はとても直感に優れていて、作曲が早い。そこが僕は好きだし、彼は書き過ぎたりしないんだ。そこもいい。ロック曲ってよく盛り込み過ぎになったりするけれど、「最良の曲は短時間で書かれる」って言うだろう、その通りさ。

僕らは殆どの場合、共通認識を持って作曲の作業を進めていたし、デヴィッドが舵を取り、これは違うという時には直ぐに指摘してくれる。彼は時間を無駄にしない、そこがとても好きだよ。僕とデヴィッドの仕事の相性はとても良かったし、僕とレブともそうだった。

曲ができてくると僕とレブは階下にあるスタジオに入ってドラムマシンを使ってデモを録ったんだ。どちらかがベースを弾いて、曲のベースを創り上げるんだ、そしてデヴィッドのOKを貰ってからデモをバンドメンバーに送り、皆が自分のパートや曲の形式を覚える。そして各自がスタジオにやってきてレコーディングするんだ。通常はドラムが最初で、それからそれぞれのパートのレコーディングになる。

その制作過程で自分ではなくアルバムとバンドのことを考え、僕が提案した内容が評価されて共同プロデューサーに迎えられたことはとても嬉しいよ。デヴィッドはとても寛大だ。

RR:人間関係が構築されてきたことによって、前作の『Purple Album』に比べて、全く新しい方向性になっているのかい?

JH:進化しているね。『Purple Album』について話すと、僕がいかにクリエイティブな難題に取り組んだかという点について、皆はとても過小評価していると思う。なぜなら(僕がレコーディングに参加した段階では)レブは全ての曲のギターをレコーディング済みだった。

原曲は殆どがギターパートは1つなんだ。もちろんジョン・ロードが鍵盤でサウンド効果を加えているけれど、このバンドではギターに重きを置く。だから僕はもし現在のセッション・ギタリストがこの曲をWhitesnake としてレコーディングしてオーバーダブを入れるならどうするか?を考えねばならなかった。僕は多くのセカンド・ギターのパートを考えなくちゃならなかったし、アレンジも違うし、原曲とはキーも変わってる。

あのアルバムをただのカバーアルバムだと思っている人もいるんだけど、あれは全く違う解釈でレコーディングした別モノだ。あれで僕はとてもクリエイティブな仕事をしたと思う。でも多くの人は『Flesh and Blood』の僕の仕事の方がクリエイティブだと思っているんだ。なにしろ僕は実際の貢献よりも大きなクレジットを入れてもらっているから。共作者に名前を入れてもらっているけれど、全て曲のサビを書いているのはデヴィッドなんだ。

RR:実際より大きなクレジットをもらったときは有難く受けておくんだよ。ほとんどの場合は正当なクレジットよりずっと低く見積もられるんだから。

JH:まあ、そうだけど。僕は現実的に自分を見ているだけなんだ。

君のバンドメイト(訳者注:ニタ・ストラウスのこと)が 「Ego Kills Talent」(エゴは才能を殺す)ってTシャツを着てるじゃないか、僕が思うにエゴはタレントだけじゃなく、キャリアも壊してしまうと思う。エゴで人柄が変わり、周りの人から離れてしまうんだ。

RR:全くだ。そのためにいったいどれ程のバンドが解散したか考えればいい。数えきれない。

君には優先事項がしっかりセットされているから、ギターや君のやってきたプロジェクトを見ても、それが表れているよ。こうして話してみて尊敬する。

JH:ありがとう。今度会ってその印象を砕くのが待ち遠しくてたまらないよ。(笑)

若い人たちに言いたいのは、キャリアというのはその最小単位まで分割して見ていくと1日をどう過ごすのかということに行きつくのだと思う。毎日をクリエイティブに過ごすことが大切なんだ。

RR:ゴールが何であれ、1歩ずつ何かをしていくことだ。待っていても始まらない。

 

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スティーブ・ヴァイ ウルトラ・ギターができるまで~ Emerald Guitar のはじまり

2013年のスティーブ・ヴァイ来日公演でウルトラ・ギターを見たときは驚きました。アルバムジャケットから飛び出てきたような、あのギターが実際に演奏されているのですから!

そのギターを制作した Emerald Guitar の創業者の方のお話が掲載されているのを知人に教えてもらい、内容がとても感動的だったので、和訳してみました。

emeraldguitars.com

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大学で出会ったギター好きの友人がスティーブ・ヴァイのCDを聴かせてくれた。その音楽は僕が生涯ずっと探し求めていたのに存在することを知らなかったものだった。即座に僕は夢中になり、2週間以内には人生初めてのギターを買いに出かける程だった。

あのアルバムが僕の人生を変えたのだ。けれど当時はそれがいかに僕の将来を導くことになるのか、僕は知る由もなかった。2001年にスティーブは遂に Ultra Zone ツアーで僕の住むダブリンへやって来た。彼は『Ultra Zone』アルバムカバーのエイリアンの衣装でステージに登場したが、手にしていたのは白いJEMだった。彼の後ろには(アルバムカバーの)エイリアンが Ultra Zone ギターを手にした大きな垂れ幕があり、僕はそれを見て直感的に彼にはあのギターが必要だと思った。

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翌日、僕は家でそれを制作するのに取り掛かった。この時点で僕はエレキギターの制作には全くの素人だというのに、初制作で世界で最も変わったギターを世界で最も偉大なプレイヤーに創ろうとしたのだ。

ヴァイ作品を何年も聴きこんで刺激され、僕はそのプロジェクトに没頭し、あらゆる細部を完璧に再現し、完璧に動作するレプリカ作品を創るのだと固く決意していた。2次元の世界から飛び出すことなど想定されていないものをだ。僕は何時間も掛けてその形を彫り細心の注意を払ってアルバムカバーに描かれたあらゆる細部を捉えた。ギターの背面はありがたいことにアルバムの後ろに印刷されており、僕には360度の参照画像があった。

何時間もつぎ込んだが、とても難しいギターだったので、やがて作業は脇に置かれ、他の事に集中していたのだが、2002年のNAMMショウでスティーブのサイン会があると知った。僕は参加し、彼に僕がギター制作を始めたことを伝えた。彼は僕が少々常軌を逸していて、誰かがあのギターを創るとは信じていなかったと思う。けれど彼は完成したら写真を送ってくれと言ってメールアドレスをくれた。自分のヒーローに会ってやる気一杯になったので、帰国するとギターの完成に向け取り掛かった。そして完成した。しかも専用のポッド型ケースも創ったのだ。

ティーブのアシスタントのリッチ・パイクに写真を送ったけれど、返事はなかった。再度送っても返事はなし。やきもきしたけれど、遂にリッチに連絡がついた。どうやら彼らは写真が本物とは思わず、フォトショップで加工したのだろうと思ったのだった。リッチは写真をスティーブに見せると合意し、僕がスティーブにギターを届けるアレンジをしてくれることになった。

何週間も音沙汰がなかった。なぜならスティーブは次のアルバムのレコディングの真っ最中だったのだ。けれど遂にある水曜日、メールが届き、スティーブは土曜の朝に僕と会いたいとのことだった。彼らは僕がアイルランドに住んでいるって考えていないのだと思う。でも僕は急いでロスまでの航空券を手配し木曜の朝早くに旅立った。

土曜の朝、僕はリッチと会い、彼に連れられてスティーブの自宅へ行った。そこでスティーブが僕らを迎えて(彼のスタジオ)ハーモニー・ハットに連れて行ってくれた。数多くの偉大な楽曲が創られたこの有名なハーモニー・ハットでスティーブに会うだなんて、とんでもなく緊張する!

彼は僕のケースを見て「さて、君が持ってきたものを見てみよう」と言った。僕がケースを開けると彼の第一声が全てを物語っていた。ホーリー・シット!」彼は驚き、アルバムカバーにそっくりなギターを信じられないようで、『Ultra Zone』のCDを掴んでギターと見比べていた。僕の芸術とキャリアにインスピレーションをくれたその本人から承認を得られるのは喜びだった。

「それで君はどうするつもりなんだい?」とスティーブに訊かれたので僕は「これはあなたのものです。あなたの音楽が僕に与えてくれたインスピレーションに対する僕からの贈り物です」と答えると、「そうか。でもこれを私の為に君が持っていてくれるよう君に贈り返そう」とスティーブ。とても気の利いた態度だった。でも僕は彼が持っていてくれることが僕にとってはより意味があることなのだと説得した。彼は同意したけれど、代金を払うと言って譲らなかったので、僕らはある条件で合意した。代金は彼の Fire Garden ハチミツにすること。ご存じのとおり、スティーブは養蜂家だ。僕にとっては十分な代金で、僕が毎朝トーストにこのハチミツを塗るとあの素晴らしい日の記憶がよみがえるのだ。

あのギターを制作したことは僕の創作活動で最高のことだった。実際にあのギターは僕が制作を始めて最初に手放したギターだ。1998年からギター制作を始めたものの、それまで50本ほどのプロトタイプは全て僕の工場の屋根に釘で打ち付けてある。それらは今でも世界に供給するのに十分な品質のギターを制作するまでの上達過程のモニュメントとして残っている。つまり、僕の最初のギターは僕を最初にインスパイアした人の元に行ったのだ。

あれから僕は何度もスティーブと会った。そして彼に数本のアコースティックギターを制作した。それには彼が『Real Illusions Reflections』アルバムで使ってくれた7弦ギターも含まれている。ティーブ、ありがとう。あなたの音楽にインスパイアされて僕は自分の心に従い、自分でも思いも寄らなかった人生に導かれました!

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2013年の日本公演でウルトラ・ギターを紹介するヴァイ先生。Photo by Kuni

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素敵な話ですね。強い意志があれば道は開ける、そんな言葉を思い出しました。
プライスレスなギターにはプライスレスな思い出とハチミツが。

レブ・ビーチ 「アンディ・ティモンズなら俺のいい代役になるだろう」

Whitesnake が今年のツアーに出る少し前に行われ、5月に公開されたレブ・ビーチのインタビューを取り上げます。

www.antiheromagazine.com

5か月程前のものですが、少し気になる発言をしていたので記録に残しておこうと。本インタビューで Whitesnake の新譜制作に関する話は日本の雑誌でも読めますので、その他の話題部分を和訳してみました。

インタビュアーがイギリスのメディアの方なので、今年のダウンロード・フェスティバル(Whitesnake は6月14日に出演)についても触れています。ちょうど今日の深夜にBSでこのライブが放送されます。Whitesnake の映像はどれぐらい放送されるでしょうか。

Whitesnake といえば、今年10月の日本ツアーの予定をキャンセルしており、新たな日程の発表が待たれます。

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あなたは Whitesnake に在籍して17年です。このバンドに在籍したどのギタリストよりも長いと知っていますか?

ああ、そう聞いたよ。凄いよな、そんなに長かったって感じないけど、たいしたもんだよ。

加入当初は変なプレッシャーを感じませんでしたか?ジョン・サイクススティーブ・ヴァイ、エイドリアン・ヴァンデンバーグらの前任者があるのですから。

俺が入ったときにはダグ・アルドリッチがもういて、彼が全部仕切ってる感じで、作曲も彼がやってたんだ。今回のアルバムで俺は初めてデヴィッドと曲を書いたんだ。それまでは全部ダグがやってたから。だから(俺の加入当時)俺は大してプレッシャーを感じなかった、大変なのは全部ダグだったから。

"Crying in the Rain"、 "Still of the Night" なんかは彼のスタイルの曲だ。俺はフルピッキングで弾くタイプじゃない。俺は違うスタイルで、ブルースも得意だから、ブルージーな曲とかアーム使いとかタッピング使いの曲なんかが俺の守備範囲だ。だから、俺はあまりプレッシャーなんて感じなかった。

俺はもうずっとこの仕事をやってるんだ。ツアーするミュージシャンで、俺はとても優れた良い耳を持っている、神に感謝だな。俺にできるのは音楽なんだよ。昔、適性検査を受けたんだけど、「あなたには音楽以外には全く何においても才能がありません」って言われたんだ。

長年の間にあなたとデヴィッドとの関係はどのように変わりましたか?今は彼と一緒に住んでいるのですよね?

ああ、不釣り合いなカップルみたいさ。全く逆のタイプなんだ。俺は前夜にビール10本飲んで朝8時とかに起きるだろ、一方のデヴィッドはアルマーニのバスローブ姿でもう準備できてるのさ。朝のマッサージを済ませて仕事に取り掛かる準備ができてる。俺は「ちょっと待ってくれ、ダイエット・コークを飲むから」ってな具合さ。俺たちは真逆なんだ。俺のビール缶にいつも文句言われるよ。

バンドに2人のギタリストがいるのはやり辛いですか?競争意識は高まるものでしょうか?

いや、そんなこと一度も感じたことはない。俺は自分の能力には十分自信を持っている。他のギタリストに脅かされるなんてことはない。俺とは違うサウンドだからだ。俺が自分のプレイで気に入っているのは、いつだって俺自身のサウンドだってところさ。俺には独自のプレイがあるから、誰かと比べるってのはとても難しいんだ。それに実際、俺はそういう問題は抱えてない。誰もがネットで「ダグ・アルドリッチはレブ・ビーチよりも上手い、ジョエル・ホークストラは…」って言ってる訳じゃないんだ。

それに刺激されてより個性的なあなた自身のプレイや練習につながるのでしょうか?

いや違う。俺を一層やる気にさせるのは Whitesnake のアルバムを創ったってことさ。俺が Dokken に加入して、ジョージ・リンチの後釜になったってときはマジでナーバスになったよ。俺は全力を尽くさなくちゃならなかったから、あのアルバム(『Erase the Slate』)には全てを注いだ。

Whitesnake では、俺はもう長いから。デヴィッドはメロディックなのが好きなんだ。そしてなぜか、彼は俺にそれをやらせたんだ。彼にはいつもメロディックなのを任される。俺が弾いたソロは彼には速過ぎだったんで、やり直したんだ。例えば "Shut Up and Kiss Me" ではデヴィッドは即座に俺にソロをやり直しさせて、結果ずっと良い出来になった。本当にさ。おかげで彼はいつもそれを振りかざすんだ。「覚えておけ、レベル。 "Shut Up and Kiss Me" がずっと良くなったのは私のおかげだ」、「私が "Shut Up and Kiss Me" でやったことを忘れるな」って具合に。彼は俺とソロでも一緒に仕事するのが好きで、彼もまた貢献しているのさ。

あなたはキャリアの初期で多くのスタジオ仕事をしていますが、様々な音楽スタイルでプレイしたことが成長するのに役立ったと思いますか?

あのさ、本当のこと言うとあれは全部ロックだ。The Bee Gees はロックギターのソロが欲しくて俺を雇った。ロッカーが欲しかったのさ。80年代、あの頃はロックが流行りだった。だからビッグなアーティストは皆が80年代のロックソロを欲しがったのさ。マイケル・ジャクソンがエディ・ヴァイン・ヘイレンとやったように、皆が流行りのバンドワゴンに乗ったのさ。俺は正に80年代のロック・ギターを弾いていたから。それが俺の得意なことだったから上手く行ったんだ。でもバークリーに通った頃に違うスタイルも学んだよ。レゲエのバンドとか随分と違うジャンルのミュージシャンと何時間もジャムしたもんさ。

あなたがソロアルバムを出すとそういった違うスタイルが聴けるのでしょうか?

ああ。実際に1枚もうすぐ出る。多分 Frontiers から出る予定で、秋には必ず。『A View From the Inside』ってタイトルの予定で、全曲がインストゥルメンタルだ。もう9年も手を掛けてて、単に趣味でやってたのさ。

忙しかったでしょうから。

まあな。時間ができると作業してたんだ。遂に完成して長いこと俺のハードディスクに入ったままだった。キップ・ウィンガーが「お前がやってたインストゥルメンタルの曲はどうなったんだ?」って訊くから、「ハードディスクに入ったまま」って答えると「何でドラマーを雇って仕上げないんだ?」って。だから「5,000ドルも払う金がいつも無いから」って言ったら、彼が5,000ドル貸してくれて出来たんだよ。

あなたとドラマーだけ?フルバンドを揃えたのですか?

ああ、バンドさ。最高のベースプレイヤーが弾いてる。俺はピッツバーグに住んでるんで、最高のミュージシャンを揃えた。クラブとかに出かけて「一番上手い奴は誰だ?」って訊いて周って、凄い奴を見つけた。ドラマーはもうずっと一緒にやってる奴さ。2003年の俺のソロアルバム『Masquerade』でもプレイしてる。

Whitesnake と Winger、2つのバンドのスケジュールを調整するのは大変ですか?

長らくそれは問題じゃなかった。でも今はちょっとした問題になってきた。ロッド・モーゲンスタインは65歳だ。俺たちは Winger があとどれだけやれるかわからない。もちろん次のアルバムは出すつもりだけど。

一方、デヴィッドは休みを取る。彼が1年休みを取ったら、Winger が活動するときだ。だから俺たちは Whitesnake の動きに合わせてスケジュールを組む。でも今年 Whitesnake は随分と活動するから、 Winger は後回しになってる。

彼(キップ)は実際、誰か俺の代役を見つけるという話をしていた。わからないけれど、俺が Whitesnake でいないときには、アンディ・ティモンズなら俺のいい代役になるだろう。8月には Winger の新譜の作曲をする予定だ。

(訳者注:8月にキップの兄ネイト・ウィンガー氏が亡くなり、キップとレブのライティング・セッションは延期となりました)

Whitesnake のツアースケジュールを見ると、数年は続きそうですよね。そうすると Winger にはあまり時間が裂けないように思えます。

ああ。でもデヴィッドのツアーは散発的だ。ある年はひたすらツアーを周って、でもいつも翌年にはスローダウンする。3ヶ月だけツアーしてそれだけ、という具合に。でもわからないな、彼は膝の手術を終えてとても調子がいい。2020年もずっとツアーできるのかも。

残念ながら今年イギリスでの Whitesnake のライブはダウンロード・フェスティバルだけです。

ああ、でもデヴィッドは必ずイギリスに戻ると思うよ。

ダウンロード・フェスティバルでは新曲をプレイしますか?

ああ。これからリハーサルするんだ。デヴィッドが新曲を6曲選んだから練習する予定だ。リハーサルでスタジオ入りする前に3日あるから必死に覚えなくちゃならない。俺はバンドのミュージック・ディレクターだから新曲を完璧に把握してなくちゃならない。特にジョエルはきっと完璧にしてくるからな。彼はきっと何週間も前から新曲を練習し始めてとっくに完璧にしてるだろうさ。信じられない奴なんだよ、彼の練習スケジュールってのは並ぶものがないくらいなんだ。何しろ彼の両親は音楽家でどうリハーサルするか、ひたすらひたすら練習するってことを教えたんだ。一方の俺はギグがない限りギターを触ることさえないんだからな。

では、あなたも何曲か新曲をプレイすることは予想していますね。

もちろん。新曲は6曲練習したけど、全部はやらないから、どれがライブ・パフォーマンスにいいか様子を見る。"Sands of Time" を試したいし、"Get Up" はもちろんやる。"Hey You" は俺のお気に入りなんだが、あのリフは俺がずっと温めていたものなんだ。"Shut Up and Kiss Me"、"Trouble is Your Middle Name" はもちろん。これらをプレイしてどれが映えるか見極めるよ。

※参考資料 6/14 Download Festival Whitesnake setlist
01. Bad Boys
02. Slide It In
03. Love Ain't No Stranger
04. Hey You (You Make Me Rock)
05. Slow an' Easy
06. Trouble Is Your Middle Name
07. Guitar Solo
08. Shut Up & Kiss Me
09. Get Up (with Drum Solo)
10. Is This Love
11. Give Me All Your Love
12. Here I Go Again
13. Still of the Night

最後の質問です。もしあなたがインタビューする側になったら、誰にインタビューしたいですか?

わお、いい質問だ。それは今までに訊かれたことがなかったよ。マジでいい質問だ。

そうだな、エース・フレーリー。エースにインタビューしたいよ。彼なら面白いKISSの話ができるだろう。俺、実は15年ぶりに今年のKISSのワールドツアーを見に行くつもりなんだ。

今KISSの話題が出ましたけど、このバンドがライブでボーカルの補強やその他音源を使っていることに対してネットでは批判があります。あなたが観客になった場合、そういったことは気になりませんか?

ああ。俺たちは皆歳をとるんだ。ライブでのサウンドが良いものである限り、ちょっとした助けはいいと思う。だって、いいサウンドパフォーマーを観たくて来てるんだから。俺はちょっとした補強はいいと思ってる。

デヴィッドは違う。彼はああゆう類のモノを使うことは拒否している。Winger ではずっと話し合っている。ドラムキットの裏で Pro Tools からバックグラウンド・ボーカルがながれたらつまらないだろうな。それかロッドがバックグラウンド・ボーカルのサンプル使ったり。80年代には俺たちああいうビッグなボーカル・プロダクションをやったんだ。そいつは The Rolling Stones が "I can get no (satisfaction)" で言ってるのとは違う。あれはトークソングだ。Winger や Whitesnake の曲は60歳になって歌うには高過ぎるんだ。キーを下げたり、変えたりしなくちゃならない。デヴィッドはどんなものでも音源は決して使わないと言っている。

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Frontiers から出る予定のソロアルバムはどうなっているのでしょうか?もう秋です。 Frontiers はインストアルバムに対して消極的なレーベルのようなので、彼らとの契約が本当にまとまっているのか若干心配です…

数か月前にこのインタビューを読んだときには、Winger でレブの代役を立てる話が出ていることに驚いたのと、やはりキップとレブの認識において、頼りになる高いレベルのプレイヤーといえばアンディなのだと納得したことを覚えています。けれど、その後この話は出てきていませんので、構想だけで終わったのでしょうか。アンディは80年代のロックギターとは異なるキャリアの道を進んでいるので、いくら友情の為とはいえこの話は受けないのではないかと想像します。機会があったらアンディに訊いてみたい。でも、Winger のライブに行ってレブがいないというのはちょっとありえないのではないかな。

それからKISSで話題になっている音源使用の件、レブの見解とカヴァ様の見解が読めたのは興味深かった。カヴァ様こそ使用を考えるのも理解できるのですが、そこは断固NOというところに、プライドとプロフェッショナリズムを感じます。今のWSはバンドにいいシンガーを揃えているので、彼らにステージで生補強してもらえばいいのではないかな。やはりライブは生のプレイと歌を聴きたい。

スティーブ・ヴァイ&ジョー・サトリアーニ 2人の恩人 クリフ・カルトレリ氏への寄付呼びかけ

スティーブ・ヴァイがかつての恩人であり、重篤な疾患を持つクリフ・カルトレリ氏への寄付を訴えました。本件では既に12日にもジョー・サトリアーニツイッターで呼びかけ、11日にはデヴィン・タウンゼントが呼び掛けています。サッチは20日にも再度呼びかけました。

2人をこの世に送り出したクリフさんはヴァイ先生にもサッチにとっても特別な人。そこで、ヴァイ先生の19日の投稿を以下和訳してみました。

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クリフ・カルトレリ無しでは私のキャリアがどうなっていたか、考えるのは困難だ。私が 『Flex-Able』をリリースしたとき、一般的だったレコード契約ではなく、独自配給の道を選んだのだが、クリフは「Important Record Distribution」のトップで、私に配給契約をオファーしてくれた。当時の音楽ビジネス界でほとんど聞いたことがない契約だった。彼らはアルバム1枚でアーティストと契約はしなかったのだ。しかし、クリフが契約してくれたおかげで、私は自分のアルバムの権利を全て保持し、アルバムからの収入殆どを回収することができた。

Important Records はその後レーベルを設立し、Relativity Records となった。私がクリフに私の好きな無名ギタリストであったジョー・サトリアーニのCDを送ると、彼らはジョーと契約し、彼の初期のアルバムでは素晴らしい仕事を成し遂げた。そして私もクリフと Relativity で契約し、『Passion and Warfare』を出した。レーベルは最終的に Sony に買収され、私たちはそこに移籍した。

これら全てのことはクリフの献身と助力と信念が無ければ実現しなかっただろう。彼はデヴィン・タウンゼントとも契約した。実のところ、私が『Sex And Religion』のシンガーを探していたとき、私にデヴィンを紹介してくれたのはクリフだった。このアルバムもまた Relativity からリリースされた。

クリフは恐らく、私が知る限りあらゆるレベルでアーティストと共感し、彼らのために発信してくれた最大の擁護者だろう。彼はただ素晴らしい人間で、友人のために全力を尽くす人なのだ。彼の導き、機知にとんだ提案と不滅の助力は私たちのキャリアの触媒だった。

そして今、クリフは助けを必要としている。彼はこの16年間想像も絶するような病に苦しめられている。過去に(2006年)ジョーと私は3回のチャリティ・コンサートで資金集めを行い、莫大なクリフの医療費や彼と家族が継続的に医療を受けられる環境へ移る手助けをした。それは上手くいき、この10年程のクリフを支えることができた。

しかし今、クリフを苦しめている病の1つは膵臓がんで、彼の家族が将来安心して暮らせるよう、彼の簡素な自宅を買い取ろうとしている。(訳者注:募金サイトの文面によると、2006年にクリフさんは自宅や家財を売って医療費に充てています)

どうかリンク先に行って、彼が目標額を達成できるよう彼への募金を考えて欲しい。

これは本当のことで緊急なんだ。サポートをありがとう。

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クリフさんがヴァイ先生とサッチのキャリアにどう関係していたか、サッチの自伝『Strange Beautiful Music』にはクリフさん自身の言葉で語られています。

フランク・ザッパと仕事をするなかで、自分を安売りしてはならないと学んだヴァイ先生は自分でレーベルを創り、直接配給先と契約しようとしましたが、なかなか契約先が見つからず、フランクとヴァイ先生の仕事を知っていたクリフさんだけが契約してくれたのです。

ヴァイ先生は上記でサッチのCDをクリフさんに送ったと言っていますが、クリフさんの話によると、ヴァイ先生がカセットをもじもじしながらクリフさんに手渡したそうです。ほんの1、2分テープを聴いただけで、クリフさんはもっと早く持ってこなかったヴァイ先生に喝を入れ、翌日サッチに電話したそう。『Not of This Earth』が当時のメインストリーム音楽でないことを自覚していたサッチにとって、その音楽を認めてくれたクリフさんの存在が大きな支えになったとサッチは言っています。

 

「私が確信していたことは、インストゥルメンタル・ロックギター音楽がその時代に成功するだろうということだ。リードボーカリストのパートを取らなくてはならないので、叙情的でなくてはならない。ギターリフとラインはリスナーを彼ら自身が音楽に言葉を補う所へ誘わなければならない。ジョーの音楽は正にそれだった。全ての曲が始めから終わりまで驚くほどに詩的で記憶に残り、リスナーはただ心を音楽と共に解き放てばいい。もし誰かがインストゥルメンタル・アーティストとして成功するのだとしたら、それは彼だ」 ―クリフ・カルトレリ

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クリフさんはサッチと Relativity Records との契約をまとめるまでに時間がかかることを見越し、当時 Greg Kihn Band でのツアーの仕事が終わったサッチに北欧でのツアーギグを紹介したりと、アーティストのサポートをしてくれていたそう。

『Surfing with the Alien』のプロモーションで大きなターニングポイントを作ったのもクリフさん。冬季オリンピック委員会から音楽の使用ライセンスのオファーがあったとき、楽曲使用料よりもアーティスト名とアルバムタイトルを楽曲使用時の画面に掲載する契約を取り付けたことで、オリンピック中にサッチの曲が大量に流れ、ラジオ局が追随してきたのだそう。

サッチの自伝からはおよそ『The Extremist』までクリフさんの厚いサポートを受けていたことが読み取れます。

クリフさんは複数の重い病を抱えており、その壮絶な闘病生活の苦しみや金銭的負担は計り知れません。募金が集まることを祈ります。

以下がサッチからの最新投稿です。クリフさんが元気な頃のツーショット写真がいいですね。

「私の良き友人、クリフ・カルトレリが私を見出したのは、85年にスティーブ・ヴァイが私の初LP『Not of This Earth』のコピーを送ったからだった。そのとき以来、彼は私の全ての音楽活動においてメンターであり、サポーターだ。彼は今、とてつもない病気を抱えていて、私たちの助けを必要としている。できればサイトに行って彼を助けて欲しい。ありがとう、ジョー」