今年の1月後半に公開されたキップ・ウィンガーのインタビューの一部を取り上げます。この時期にはまだコロナ危機によって世界中がロックダウンされるなど誰も知らず、普通に今年1年の見通しを立てていた頃です。
クラシック作曲についてのコメントが深いです。目標を持ってチャレンジする努力の人、キップらしい。今朝のFBライブでの発言要旨も終盤にまとめました。
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あなたは私がこれまでに耳にした中で最も驚きに満ちたキャリアを持っていますね。
これはただ「より優れた作曲家になりたい」という俺の人生の探求の旅の結果なんだ。俺は音楽にすっかり魅了されてしまったんだ。俺には日々頭の中で聴こえる多数の音楽があって、これを作品の形にできるかどうかなんだ。これは俺にとって恵みであり、まあクラシック作曲をしているときは拷問でもあるんだけど。
ちょうどナッシュビルのオーケストラに交響曲第1番を書き上げたところなんだ。随分と苦しんだけど、報われたし、心が洗われた。この作曲過程で俺は自分自身のことを1から学んだと感じている。持って回った言い方に感じるだろうけれど、俺の書く曲の多くは自伝的で、書き上げたばかりの交響曲も同様だ。この世界で作曲することが俺の使命のように感じていて、作曲で生活できるというこの恵みに応えようとしているんだ。
ロックからクラシックの世界へというのは普通、大きな飛躍ですよね。でもあなたの多彩な背景がそれを自然にしたのでしょうか?
その通りだ。俺は独学でやってきたタイプで、クラシック曲のオーケストレーションなんて習ったこともなかった。35歳で学び始めたんだ。ピアノとギターの作曲や譜面の読み方は知っていたけれど、本当に深くクラシックを学び始めたのは35からだ。バレエをやっていたので、バレエ曲を深く学ぶことはあったから、クラシックを学ぶことも自然なことだった。クラシックを学び始めたのは、バレエ曲を作曲したかったからなんだよ。
兄弟のバンドでロックをプレイしていたけれど、俺は憑りつかれたようにクラシックを聴いていて、クラシックの作曲がしたかったんだ。でもまさかオーケストラが俺の曲をプレイするとは思わなかった。俺の能力を少しばかり超えた目標だと思っていた。
オーケストラと仕事をする上で、ロック・ミュージシャンとしてのキャリアが障害になったことはありますか?
最初はあったよ。ロック界の奴がクラシックをやりたいんだなって思う人もいた。ロック・ミュージシャンがクラシック曲を書いたなんて言って、クラシックの人に「ああ、こいつは何を言っているのかもわかってないな」って思われるのは毎度のことだ。それが事実なことも多い。ここで名前は出さないけれど、クラシック曲を書いたと言ったロック・ミュージシャンが実際には十分なモノを提示できなかったことはある。オーケストラと演奏したポップ音楽て感じだったり。
俺は純粋主義者だし、コンテンポラリー・クラシック音楽の熱心なリスナーだ。そこから学んだんだよ。コンテンポラリー・クラシック音楽の世界で正当に受け取ってもらうためにはとても小さな渦に適応して通らなくちゃならない。とは言え、俺の作曲は自然にやっている、何しろ音が聴こえているんだ。
そこはあなたの音楽を聴いていると明らかに感じます。バンド Winger の音楽も普通のバンドよりも際立ったものがありますし、あなたのソロ音楽はロックというよりも、プログ・ロックというサウンドに感じます。
ああ、その通り。Winger には常に見かけ以上のものがあるんだ。その理由はバンドにはいくつもの秘密兵器があることだ。ロッド・モーゲンスタインとレブ・ビーチは驚異的なミュージシャンで、トップレベルだ。彼らと同じステージに立っているといつも俺は何て人たちとステージにいるんだろうと感嘆する。ジョン・ロスとポール・テイラーもそうだが、レブとロッドは特別なんだ。俺は優れたミュージシャンに曲を書くのが好きだから、彼らにはどんどん難しい音楽を投げるんだ。
"Seventeen" だって歌詞を取り除いて、曲だけを聴いたら大抵のバンドの曲よりも複雑だ。別にそうしようとして書いたのではなく、ただ俺たちにはそういう曲が聴こえていたんだ。あのリフはレブが15歳で書いた。彼はアレンジャーというタイプではないから、それでどうしたらいいのか分からなかった。そういうのは俺が得意だったから、彼とコンビを組んだのは天の贈り物のようさ。俺の不得意はレブに備わった特質で、その逆もそうだ。
そのような仲間はバンドでもオーケストラでも、違いを生む力ですね。クラシックを学ぶ道というのは大変だったのではないですか?
ああ。ナッシュビル交響楽団が俺にアルバム制作を依頼してきたんだ。交響曲第1番とヴァイオリン協奏曲だ。彼らは "Conversations With Nijinsky" を演奏したから、指揮者のジョン・カルロスとは友人なんだ。彼は素晴らしいい指揮者で音楽家だ。ナッシュビル交響楽団も優れていて、グラミー賞を13回受賞している。その楽団員もとてもユニークで、彼らはナッシュビルのポップやカントリー・ミュージックをセッションでプレイしているからだろう。彼らのタイム感は驚異的なんだ。
ある日ジョン・カルロスにランチに誘われて、「交響曲第1番を書いてくれよ!」と言われた。俺はビビったよ、何を書けって言うんだ?って。1~2ヵ月考えてこの挑戦を受けることにしたんだ。とても大変だった、今月やっと書き上げたよ。彼が俺にできると思ってくれて幸運だ。普通は俺みたいな人間に楽団が作曲を依頼するなんてことはない、ジュリアード卒だとか博士課程を修めたような作曲家にいく話だ。ジョン・カルロスのクールなところは型にはまらないところだ。従来とは違うやり方を試そうとする。
クラシック音楽ではロック音楽と違ってどのように曲の物語を創作するのでしょう?
俺は直感に従うんだ。俺の場合、作曲を進めるに従って物語がやってくる感じだ。誰もが言うだろうけど、皆最初は恐る恐るなんだ。もしくはとても不安でどうなるのか分からない。暗中模索しているのさ。天才的な創造の瞬間は狙って得られるものじゃない、偶然に得られるんだ。
だから、最良の方法は毎日作曲するんだ。そして筋肉をつけ鍛えておきながら、偶然が訪れるのを待つんだ。俺がやっているのはそんなことだ。ジムに月1回通って素晴らしい肉体になるのを期待するなんてできないだろう?毎日鍛えるんだ。労働者階級的な精神さ。毎日準備していれば、ある思いも寄らないときに珠玉がやってくるんだ。
作家が本を書くにはと訊かれ、毎日書くことというのと同じですね。
あらゆる芸術がそうだと思う。絵画も彫刻も。人生の全てにおいて。何かに秀でたいとか、自分の可能性を育てたいと思うのなら、毎日真剣に取り組むしかないんだ。
ミュージカルの 『Get Jack』 について伺います。上演はされているのですか?
今は上演劇場を探しているところだ。何度かワークショップをやって、何度も(脚本と曲を)書き直している。ラボとしてワークッショプの開催を模索しているんだ。上演するというのは大金がかかる話なんだ。可変部分がとても多い。演劇界にいる人なら、上演に漕ぎつけるには何年もかかるって知ってるよ。だからひたすら頑張っている。
あなたのキャリア発展においてアリス・クーパーの影響はどれほどあるのでしょうか?
彼のバンドにいたことで信頼を得ることができた。多くを学んだよ。彼は寛大で最高のプロフェッショナルだ。だから彼の組織に属すことはロックスターの博士号を取るようなものさ。俺はウェイターだったのに、3ヶ月後にはアリスとアリーナツアーをやってた。高速で学んだ日々だった。それまでに何百万ものギグをやってきたけれど、俺はモトリー・クルーみたいなタイプのロッカーじゃなくて、ドラッグはやらなかったし、今は酒も飲まない。俺は最高のパフォーマーで最高の作曲家になりたかっただけなんだ。俺はそれに集中していた。そんな俺にはアリスの一団は完璧だったのさ。俺が加わったのはアリスが何年も断酒した後で、ギグに集中していた。俺がその後、前進していく為の基礎を築くことができた。彼は祝福して俺を見送ってくれた。
今後の予定を聞かせてください。
交響曲を終えて、レブと Winger の新曲を書き始めたところだ。ソロアルバムの曲も4、5曲程できていて、ツアーも沢山ある。3月にはソロのアコースティックでオーストラリアとニュージーランドに初めて行く。Winger でMORCに参加するし、オースティン・バレエ団が2月に "Ghosts" を上演するし、Winger のツアーもある。
ロック音楽は今後どうなると思いますか?
全くわからない。俺はコンテンポラリー・クラシック曲を聴く位なんだ。気に入ったバンド位しかロックは聴かないんだ。自分の音楽制作に集中しているから。
クラシック音楽は(商業的に)メインストリームになることはあるでしょうか?
いい質問だ。クラシック音楽というと人々はベートーベンとかそういう音楽だと思い込んでいる。1950年以前に書かれた音楽は古典なんだ。それらは永遠に残るものだけれど、一方で存命の作曲家で一般の人にも親しみやすく、クールな作品を書いている人もいる。また超アヴァンギャルドな作風の人もいる。俺もまた少しながら曲を書いたしね。
楽団のミュージシャンにとってもライブ演奏が収入源なんだ。これを続けるためにはファンがライブに通ってサポートするしかない。だから楽団のコンサートに行ってプログラムを見て、コンテンポラリーの楽曲をチェックして欲しい。そうしなければ、ベートーベン(のような古典)を聴くしかないんだ。もちろんそれらは優れた楽曲だけれど、美術館に行って200年前の作品を眺めるようなものだ。今とは関連が無い。
俺がいつも「ライブ・ミュージックをサポートしよう!」って言ってるように、かつては著作権で収入が得られたけれど、Youtube やその類のもので全て吹き飛んでしまった。今ではどのジャンルのミュージシャンもライブ演奏で生計を立てているんだ。
5月30日朝6時(日本時間)キップのFBライブより
・交響曲第1番の印刷譜面を手に取って、103ページあるところを見せてくれました。10月にナッシュビル交響楽団が初演する予定。
・キップのソロアルバム用に5曲ほど書けているそうで、その曲はロッド以外のドラマーが叩くようです。
・ヴァイオリン協奏曲の作曲に着手。
・StageIt で複数回のストリーミングライブをやる予定。ソロアルバム楽曲を演奏。
・Rock'n Roll Fantasy Camp でロックボーカルのコースを教えるそう。6月13日の1回のみで、20人限定のオンラインコースのようです。
・1983年にアラン・パーソンズから貰った手紙を読み上げてくれました。キップは彼にデモテープを送ってプロデュースを依頼していたようですが、丁寧なお断りの手紙でした。
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最後のコメント「今ではどのジャンルのミュージシャンもライブ演奏で生計を立てているんだ」が重く響きます。コロナ危機によって、多くのミュージシャンに最後に残された収入源のライブが途絶えてしまったのですから。ライブ・ミュージックはどうなってしまうのでしょう?(関連記事はこちらとこちら)
2週間ほど前にキップはライブ・ストリーミングのプラットフォーム StageIt で配信するアンディ・ティモンズのライブを視察していましたので、キップも始めるのかなと思っていたら、そのようです。キップのようにギター1本でソロライブができる人には最適のプラットフォームだと思います。キップならかなりの数のオーディエンスを集め、配信を収入源にできると思います。
2月のMORCで少しキップと話すことができたのですが、交響曲第1番が素晴らしい出来らしく、「生涯最高傑作」だと話していました。自己を投影し、全身全霊を注いだ作品だそうです。その話になると饒舌でご機嫌でした。初演の日が待ち遠しいですね。
それにしても、MORCのライブでレコーディングが機材トラブルでダメになってしまったのが悔やまれます。もし良いレコーディングができていたら、今のようなツアーのできない時期に少なくともライブアルバムを発売することができたでしょうに!今年のMORCのライブは彼らが特別にレア曲を準備してパフォーマンスしてくれただけに、悔しい。
Winger の新譜制作については、キップはファイル交換で Winger の作曲はしない為、レブがキップのスタジオで過ごせるようになるまでお預けとなっています。近所に住んでいてくれたら良かった!
最後に先月公開されたオールスター版の "Better Days Comin'" ビデオを貼っておきます。バンドがファンや仲間のミュージシャンに呼び掛けてできたビデオです。アリス・クーパーやクラウス・マイネ、アラン・パーソンズなどのビッグ・ネームが参加して話題になりました。私はリッチー・コッツェンのコーラスが秀逸だなぁと感激しました。